
「生前贈与って何だろう?」
「やっておくと何かいいことあるのかな?」
生前贈与とは、財産をお持ちの方が生きているうちに、贈与によって財産を承継させる手続きです
生前贈与には、死後に財産の承継手続きを行う「相続手続き」には無い様々なメリットがあります。
例えば、相続税の節税、スピーディーかつ柔軟な資産承継、認知症対策、そして相続時のトラブルリスクの予防です。
この点だけを見れば、生前贈与は大変魅力的な手続きでしょう。
ただし生前贈与を行う際は、法律面と税務面の両方から慎重に手法を検討してから行わなければ、痛いしっぺ返し受ける恐れがあるため、注意が必要です。
例えば、相続税対策のつもりで生前贈与を行なったら、巨額の贈与税が課されてしまった…
のような失敗談もあります。
そこでこの記事では、「生前贈与」を徹底解説!
制度の概要・メリットに留まらず、有効活用できる特例制度や生前贈与の注意点もお教えします。
この記事をお読みのあなたが、生前贈与を理解し、有効活用することができたなら幸いです。
1章 生前贈与とは
生前贈与とは、モノやお金を誰かにあげる/もらう「贈与」という契約行為によって、財産を持っている人が生きているうちに財産を承継させる手続きであり、死後に承継手続きを行う「相続手続き」と対比されることが多いです。
この章では、生前贈与の概要を一覧表で示しています。
まずはざっくり、「生前贈与」がどんなものか感触を掴んでしまいましょう!
2章 生前贈与のメリット・デメリット
ざっくり生前贈与がどんなものか把握できたら、次は生前贈与のメリット・デメリットを詳しく見ていきましょう。
ただしデメリットについては、3章で紹介する特例制度で緩和することができるので、まずはメリット面に着目しながら「自分はメリットを享受できるか?」を検討していきましょう。
2-1 生前贈与のメリット5つ
まずは生前贈与のメリットを見ていきましょう。
①計画的に取り組めば、着実に相続税を節税できる
原則として相続税は、被相続人の死亡時点で所有していた財産の価格に応じて課税の有無・課税金額が決定され、財産額が高いほど納税額が多くなっていきます。
生前贈与を計画的に行うことで、被相続人の死亡時点での財産を減らしておけば、着実に節税対策を行うことができるでしょう。
②財産をスピーディーに承継させる/活用できる
相続により財産を承継するためには、当然ながら、被相続人の死亡を待たなければなりません。よって子供・孫たちの世代が結婚・子育て・マイホーム購入など人生の一大イベントを控え資金が必要となっても、必要な世代へ必要な時に資金を回せず、逆にそこまで資金を必要としない世代の手元に財産が残り続ける、といった事態が生じてしまいます。
またそもそも、人の生き死にのタイミングを正確に予想することは一流の占い師でも至難の業であり、従って、将来的に財産を相続することを前提に財産の利用計画を立てることもまた、難しくなります。
生前贈与を活用すれば、今すぐに・確実に・必要な人に財産を移すことができるため、上記のような不都合を回避することができます。
③親の認知症対策への布石を打てる
超高齢化社会に突入しつつある昨今、親の認知症対策は緊急課題となりつつあります。
そこで、あげる人=親が健康である内に子供へ生前贈与によって財産を託しておくことで、いざという時の財産管理を実現できるように、将来へ向けて布石を打つことができます。
認知症になる、つまり意思判断能力が失われてしまうと、その人がいくら財産を持っていようとも、それを使う事が許されなくなります。
例えば認知症になった親の代わりに通帳・キャッシュカードを利用してお金を管理する事も、法律上許されなくなります。
あるいは親が施設に入居するにあたり親名義の不動産を売却して入居費を捻出しようにも、売買契約の当事者たるべき親本人が認知症であれば、もはや不動産を売却することはできません。
これが理由で親の認知症対策が叫ばれているのですが、生前贈与で子供など家族に財産を移しておけば、たとえ親が認知症になったとしても、家族が適法に財産の管理を行うことができます。
なお、似たような手法として「家族信託」という手続きもあります。
イメージとしては、細かくオーダーメイド的に認知症対策に取り組みたい方は家族信託を、パッケージ商品的に分かり易い対策を望むのであれば生前贈与を選択すると良いでしょう。
家族信託については下記の記事にて詳しく解説していますので、興味を持った方は是非一度お読みください。
④誰に・何を・どれだけあげるかを自由に決定できる
相続により財産を受取ることができる人と、その取得割合は法律で決められています。
生前贈与の場合は、誰に財産をあげるかは完全に自由であるため、望む人に対して財産を承継させることができます。
また、何を・どれだけ渡すかも自由に決めることができるため、遺言書を書くよりも更に確実に、自己が意図する資産承継を実現することができます。
⑤相続時のトラブルリスクを減らすことができる
相続で最も怖いのは、財産の分け方を巡って相続人がもめてしまう、いわゆる「争族問題」です。
生前贈与は当然、財産をあげる人が健在なうちに行う手続きであり、手続きの真偽や意図を生き証人である贈与者本人から説明することができます。
他方、分け方の話し合いを相続人に完全に委ねる遺産分割協議はどうしても調整・折り合いがつかない場面が多くなります。
またせっかく遺言書を残しておいても、「なぜ親父はこんな遺言書を作ったんだ。だまされて作ったにちがいない!」などなど、紛争解決に資するどころか、別種の火種を生む原因になる場合もあります。
あげる人から意図や真偽をはっきりと説明できる生前贈与であれば、「死人に口なし」となる相続手続きに比べて、将来のトラブルリスクを減らすことができるでしょう。
2-2 最大のデメリットとは
生前贈与について回るデメリットが贈与税の危険性です。
財産を贈与した際に課せられる贈与税は、一般的に高税率であると言われています。
例えば、3000万円の財産を承継させるに際して、相続であれば非課税であるのに対して、贈与の場合は50%もの贈与税が課せられます。
もちろん、贈与税が非課税/納税猶予になる特例制度をきちんと活用できれば恐れるものではありませんが、逆に失敗すると、多額の贈与税を支払う可能性があるとお分かり頂けると思います。
中途半端な知識で生前贈与を実行することは、メリットを帳消しにするほどのデメリットを蒙るリスクがあるため、専門家のコンサルティングを経た上で実行することが大切です。
なお、「贈与したことが税務署に本当にばれるのか?」「ばれなければ贈与税なんて払わなくていいんじゃないか?」という疑問をお持ちの方もいるかと思いますが、それは、「ちょっとくらい路肩駐車しても違反切符切られないだろう、見逃してくれるだろう、大丈夫だろう」程度の発想であり、大変危険であることは言うまでもありません。
3章 デメリットが帳消しに!?特例制度の活用7パターン
ここでは、生前贈与のデメリットである贈与税の危険性を帳消しにできるかも知れない、7つの特例制度をご紹介します。
生前贈与を検討している方は、闇雲に贈与するのではなく、きちんと専門家のコンサルティングを経た上で、特例制度を活用できるか・どの制度を活用すれば最も効果を得ることができるかを判断してから実行しましょう。
3-1 基礎控除を利用した暦年贈与
「でも先生、贈与しちゃうと贈与税がやっぱり掛かりますよね?」と早合点する方がおられますが、これは半分正解・半分間違いです。
結論から言えば、年間の贈与額が110円を超える場合は贈与税がかかります。
言いかえれば、年間の贈与額が110万円以下であれば贈与税は掛かりません。
そして、この判断の分かれ目になった「年間1100万円」という数字が有名な、「贈与税の基礎控除」です。
贈与税の計算方法
200万円贈与の場合
(200万円の贈与額-110万円の基礎控除)×10%の贈与税率=9万円の贈与税
110万円贈与の場合
(110万円の贈与額-110万円の基礎控除)×10%の贈与税率=0(贈与税非課税)
この年間110万円の基礎控除は、仮に枠を使い切ったとしても、翌年1月1日に復活します。
つまり、毎年毎年、110万円以下の生前贈与は贈与税を気にすることなく実行することができるのです。
このように、基礎控除を利用しながら、毎年毎年細かく生前贈与を行う手法を暦年贈与と呼びます。
また、この基礎控除は受け取る人ごとに用意されています。
よって、奥さんと子供2人に年間110万円を贈与するとすれば、毎年330万円を、贈与税を気にすることなく生前贈与可能です。年単位で取り組むプランであるため、即効性には劣りますが、相続税対策における生前贈与の手法として最もメジャーな手法と言えるでしょう。
3-2 相続時精算課税制度
「いやいや、年単位で細かく贈与してる場合じゃない、今すぐ一気に贈与する必要があるんだ!」
このようなケースにぴったりなのが、相続時精算課税制度です。
この制度を利用すれば、60歳以上の祖父母や父母から、20歳以上の子や孫へ贈与しても2500万円までの贈与であれば贈与税が非課税になります。
……このように聞くと大変魅力的な制度ではありますが、この制度はかなり「クセ」が強いです。
代表的なデメリットとして、以下が挙げられます。
①絶対的な非課税ではなく、場合によっては相続税に転化する
②翌年以降、贈与税の基礎控除が認められなくなり、暦年贈与の選択肢が失われる
③相続発生時に、小規模宅地の特例を利用できなくなる。
④不動産を贈与した場合に課せられる不動産取得税・登録免許税には適用が無い。
多少の不利は承知で、どうしても一気に生前贈与を行う必要がある方向けの制度と言えます。
下記に特設記事を用意しましたので一読頂き、メリット・デメリットやこの制度に向いている人・向いていない人をきちんと把握してから実行しましょう。
3-3 夫婦間贈与での配偶者控除(おしどり贈与)の特例
「ワシが亡きあとも、愛する妻がこの家に安心して住めるようにしてあげたい」
この様な素敵な夫婦にピッタリなのが、贈与税の配偶者控除、通称「おしどり贈与」です。この制度を活用すると、夫婦の間で自宅や自宅を取得するための金銭を贈与した場合に2000万円までの部分が非課税になります。
更にこの制度は相続時精算課税制度と異なり、贈与税の基礎控除と併用・合算できます。
よって、おしどり贈与の特例2000万円+基礎控除110万円=2110万円が非課税枠として認められます。
この制度はあくまでも「配偶者が居住するための不動産or配偶者が今後住むための不動産を取得する資金」を贈与した場合に適用されます。
贈与財産について縛りがあるものの、相続税対策・認知症対策、どちらにしても2000万円の控除を利用できれば、生前贈与を極めてスムーズに実行することができるでしょう。
下記に特設記事を用意しましたので、制度の詳細や活用方法・注意点をもっと知りたい方は是非お読み下さい。
3-4 自社株を後継者へ贈与した場合の納税猶予
「事業を確実に長男へ継がせるために自社株を生前贈与したい…」
このようなケースでは、事業承継税制で認められる贈与税納税猶予措置を利用しましょう。
社長兼オーナーの会社において、事業承継を円滑に行うことは極めて重要です。後継者にきちんと経営権=株式を引き継がなくてはなりません。
しかし、自社の業績が堅調な場合、株式の生前贈与には多額の贈与税が課せられる恐れがあるため、事業承継の必要性を頭で理解しつつも、納税資金の問題から解決を先送りにするオーナーも多いです。
そこで納税猶予の制度を利用し、「納税は後、とりあえず経営権を確実にバントタッチする」という円滑な事業承継が実現させることができます。
ただしこの制度は極めて複雑であるため、実行できる専門家が大変少ないという問題点があります。
一般的に、税理士事務所100社に対して2,3社ほどしか実行できない高度なスキームであると心得る必要があります。
この制度の利用を検討する場合は、取り扱い実績がある事務所を見つける/紹介してもらい、十分なコンサルティングを受けるようにしましょう。
3-5 住宅取得資金贈与の特例
住宅購入のための資金を贈与しても、最大3000万円まで非課税
※非課税となる額は、取得する住宅の種類、契約のタイミング、消費税率よりかなり変動します
「子供が家を買おうとしているが手持ち資金が少ないようで、少々無茶なローンを組もうとしている。頭金くらいは援助してあげたいな…」
このようなケースでは、住宅取得資金贈与の特例を利用することをオススメします。
この制度を利用できれば、親の視点からすれば自分自身の相続税対策になりますし、子供の視点からすれば大変心強い援助を受けることができるでしょう。
一方この制度は、いつ契約するか・契約時の消費税はいくらか・どんな家を購入するかによって控除額が異なります。
下記に特設記事を用意しましたので、自分がこの制度を利用するとすればいくらまで非課税枠が認められるかきちんと検討しましょう。
なお今回のモデルケースで、親と「共同購入する形」を取る人がいますが、これはよくありません。共同購入の形を取る以上、親も不動産の権利者として家の権利を一部取得し、登記名義が子供と親の共有になってしまいます。
これでは親が認知症などになってしまった場合、自宅の処分が子供の意思だけでできなくなりますし、将来の相続手続きで揉めた結果、他の相続人が親から不動産の権利を取得し、家の名義に割り込んでくる可能性もあります。
子供の資金だけでは購入できない/融資条件が厳しいのであれば、不足分を工面してあげたくなるのが親心ですが、共同出資・共同購入ではなく、特例制度を利用して資金を贈与する形を取ってあげましょう。
そうすれば、家の権利は100%子供だけが取得することができます。
3-6 教育資金としての贈与
「今年孫が生まれたが、今時子供を育てるには大変お金がかかると聞く。金銭面で息子夫婦の手助けをしたい」
この様なケースでは、教育資金の贈与についての特例が利用できます。
- 高騰する保育園料…
- 中高一貫の私立に通わせるなら6年間の学費…
- 子供の進路が理系の私立大になりそうで年200万円の学費が…
- 受験に備えた塾代・予備校代…
- 部活動や習い事の費用…
…そうです。現代社会で子供を育てるには大変なお金が必要になります。
そんな時、親世代・祖父母世代が費用を援助してくれるのであれば、こんなに心強いことは無いでしょう。また親世代・祖父母世代から見ても、自分の資産を早めに贈与して総資産額を圧縮しておくことは、自己の相続税対策につながります。
教育資金の一括贈与の特例を活用すれば、受取る人数×1500万円までの金額を非課税で生前贈与することができます。
金融機関で「教育資金管理口座」を開設した上で、資金の引き出しには教育費の領収書を提出する必要があるなど、手間は少しかかりますが、副作用・デメリットと言えるものでは無いため、小さなお子様がいる家庭では一度検討する価値が大いにあると言えるでしょう。
3-7 結婚・子育て資金としての贈与
「息子が結婚することになったが、資金面ではやはり苦しそうだ。ブライタルローンを組むなどと言っている。また晩婚なので、今後妊活に取り組むかも知れない。今の内から資金援助をしてあげたい」
この様なケースでは、結婚・子育て資金の贈与についての特例が利用できます。人生の一大イベントである結婚式。一生思い出に残るようにできるだけ華やかな場を設けたいと思う一方、やはり資金面の問題と板挟みになってしまう方もいるでしょう。
また、妊活、つまり不妊治療に取り組む方が最近増加していますが、健康保険適用外につき、費用が高騰する場合もあります。
そんな時この制度を利用して親世代・祖父母世代が費用を援助してくれるのであれば、こんなに心強いことは無いでしょう。
また親世代・祖父母世代から見ても、自分の資産を早めに贈与して総資産額を圧縮しておくことは、自己の相続税対策につながります。
ただしこの制度を利用するためには、金融機関で「結婚・子育て資金管理口座」を開設した上で、資金の引き出しには領収書を提出する必要があります。
領収書を金融機関に提出するため、プライバシーの点から多少引っかかりを感じる方もおられるかも知れませんが、そこをクリアできるのであれば検討の価値がある制度と言えるでしょう。
4章 生前贈与の注意点7つ
この章では、せっかくの生前贈与のプランが崩壊してしまうかもしれない大事な注意点を7つご紹介します。
どれも重要な項目ばかりですので、きっちり把握しておきましょう。
4-1 契約行為であるため、当事者に意思能力が必要
生前贈与は相続対策の一環であるところ、あげる側の人が高齢であることが多いです。
そこでよく問題になるのが、「既に認知症になった親から、子供に財産を贈与することができるか」というケースです。
結論から言えば、上記のようなケースでは生前贈与の手続きを行うことは、もはやできません。
生前贈与は契約行為の一種ですが、契約を有効に結ぶためには、当事者に意思判断能力が備わっている必要があります。
よって認知症などにより、既に意思判断能力を失っている人を当事者として贈与契約を結ぶことはできず、生前贈与のプランは崩壊してしまいます。
「生前贈与はあげる人が健康な今のうちに!」が鉄則であると心得ましょう。
4-2 契約行為であるため受取る側の人の意思に左右されることがある
メリットの項目でも述べた通り生前贈与は、誰に・何を・どれだけあげるか、自由に定めることができます。
ただしこれはあくまでも、あげる人ともらう人の意思が合致する限りの話です。
例えばよくある話ですが、
「先祖代々からの田んぼ・畑を一家の長男に確実に継がせたいので、今の内から贈与したい」
「え、ちょっと待って、あんな田舎の不動産いらないよ?、東京でサラリーマンやってるのに…」
というように、もらいたくない物をあげようとしても、断られてしまうケースもあります。
4-3 贈与税が発生する「定期贈与」の危険性
例えば令和元年5月1日、次のような贈与契約書を作成した場合、どのように取り扱われるでしょうか?
100万円の暦年贈与×10回として、贈与税は課せられないのでしょうか?
答えは「1回の1000万円の贈与と扱われ、贈与税が課せられる」です。
確かに実際のお金の移動は毎年100万円ずつなのですが、贈与契約の根本内容はあくまでも、
「令和元年5月1日に1000万円を贈与する」という部分です。
従って、令和元年度の暦年贈与の控除額110万円を超える1000万円の贈与がなされたので、贈与税の支払いが必要となります。
このように、お金の移動は複数回に分かれるといえども大元の契約内容は1つしかない形態の贈与を「定期贈与」と呼び、毎年毎年、贈与契約の段階からやり直す暦年贈与とは似て非なる危険な行為です。
暦年贈与を実践するうえでよくあるミスなのですが、代償はとても大きいです。
しかし面倒くさがらずに毎年贈与契約書を作成すれば回避できるミスではあるので、きちんと注意しておきましょう。
4-4 暦年贈与が無駄になってしまう「名義預金」の危険性
銀行預金の生前贈与は、あげる人の口座からもらう人の口座へ、預金を振り込む形で行います。
では次のようなケースで親から子へ銀行預金を贈与した場合、どのように取り扱われるでしょうか?
自己管理しているとはいえ、別人名義の口座へお金を入金している以上贈与は有効に成立し、移動させ終わった預金はもはや、親の相続財産とは呼べないのでしょうか?
残念ながらこのケースでは、移動させたお金の実質的な支配者が変わらない以上、贈与が行われたと税務上扱われず、移動させた1000万円も相続財産であると見立てて相続税の計算をしなければなりません。
このように、名義は確かに別人であるといえども、実質的支配者が同一の口座へ預金を逃がすことを「名義預金」と言います。
生前贈与を行った後でも預金を手元に置いておくことができるので、あげる人からすれば安心ですが、せかっくの生前贈与のプランが効果を発揮できないので、きちんと別管理の口座へ預金を移すようにしましょう。
4-5 死亡3年前までの贈与は相続税の課税対象
相続税が発生するか否か、あるいは税額が幾らになるかは、被相続人の死亡時点で所有していた財産の価格に応じて決定されます。
よって「生前贈与を行い、いかに死亡時点での被相続人の財産を減らしておくか」が生前贈与を絡めた相続対策のメインテーマになります。
では、生前贈与を実行して相続税の節税を狙ったを次のようなケースは、どのように扱われるでしょうか。
死亡時点での相続財産が何もない以上、相続財産はゼロであると評価されるのでしょうか。
残念ながら今回のケースでは、生前贈与された財産は相続財産であるとして税務上取り扱われます。
被相続人が死亡するより前3年以内に生前贈与された財産は、相続税計算にあたって相続財産と同一の評価がされるからです。
ただし、上記の規定はあくまでも、生前贈与の受取り手が相続人である場合です。
つまり、相続人以外の人に対する生前贈与は、仮に被相続人の死亡より前3年以内に行われたものであっても、相続財産と評価されることはありません。
とは言え、「俺は3年後に死ぬから、今年の贈与は子供ではなく、相続人に当たらない愛人にあげよう」というように、死亡日から逆算して贈与プランを組むのは現実的に不可能です。
この項目でご紹介した注意点に対して本気で取り組むというのであれば、やはり「早い段階から生前贈与に取り組み、相続財産の圧縮を進めること」、これが最大の解決策でしょう。
4-6 遺言書作成との合わせ技対策が必要
生前贈与を実行するのであれば、併せて、あげる人の遺言書を作成しましょう。
理由は「特別受益」という制度にあります。
相続財産の分配を行う際に、各相続人間の公平を図る制度が「特別受益」です。
たとえば、父親が死亡して子供たち3人が相続するケースを考えてみましょう。
この場合、民法の定める法定相続分は子どもたち3人がそれぞれ3分の1ずつです。ただ、父親は生前、長男に居住用の不動産を贈与していたとしたら、不動産を無視して兄弟が3分の1ずつにすると、次男や三男にとって不公平となります。
そこで、不動産をもらった分、長男の遺産取得分を少なくするのが特別受益の考え方です。
何を、どれくらい生前贈与すると特別受益の制度に引っかかるかはケースバイケースであり、結局は揉めに揉めた挙句、裁判上で認定されることになります。
要するに、生前贈与を行う段階では、「何がどう転ぶか分からない」と言ったところでしょうか。
ただし、この特別受益の適用を排除することができる便利な方法があります。
それが遺言書の作成です。
遺言書の中に「特別受益の計算を行わなくてよい」という内容を盛り込んでおけば、上で解説してきたややこしい特別受益を考えなくても良くなります。
「特別受益の事まで配慮するのであれば…」というオプション的な立ち位置になりますが、実務上では、生前贈与と遺言書の作成はワンセットで考えるのが通常です。
よって、生前贈与を行うに当たっては遺言書作成も視野に入れてプランを組んでおきましょう。
なお遺言書には、自分で手書きする「自筆証書遺言」と、公正証書の形式で作成する「公正証書遺言」の2つの種類があります。
将来的に裁判になった場合の証拠能力の高さ、内容の正確性の問題から、公正証書遺言の方法で作成するケースが大半です。
4-7 めちゃくちゃな生前贈与は相続発生時に遺留分侵害となる
生前贈与は、誰に・何を・どれだけあげるか、自由に定めることができます。
ただし、あまりにもめちゃくちゃな生前贈与を行ってしまうと「遺留分」の制度に引っかかる恐れがあります。
遺留分とは、各相続人に認められた、「最低これだけ相続することが認められる権利」の事です。
例えば被相続人が生前に全財産を誰かに生前贈与してしまったがために、被相続人の死亡時点における相続財産額が極端に少なくなり、各相続人の相続分が最低限度の価格(=遺留分)を割り込んでしまうケースを想定します。
ここで、被相続人の暴走により相続人の権利が侵害される不公平を是正するため、生前贈与を受けた人に対して遺留分相当額の財産を引渡すよう請求する「遺留分減殺請求」が認められ、生前贈与のプランが崩れるどころか、関係者一同に大迷惑をかける結果となってしまいます。
よって生前贈与を行う場合、専門家のコンサルティングを受けつつ、各相続人の遺留分を割り込まないように微調整する必要があります。
終わりに
いかがでしたでしょうか?
この記事では生前贈与の概要や有効活用できる特例制度、注意点について解説してきました。
生前贈与には、相続税の節税、スピーディーかつ柔軟な資産承継、認知症対策、そして相続時のトラブルリスクの予防など、相続手続きには無い様々なメリットがあります。
特例制度を活用して贈与税のデメリットを回避しつつ、各注意点の落とし穴にはまらないよう専門家のコンサルティングを受けて実行すれば、メリットを最大限享受できるでしょう。
この記事が一助となり、生前贈与を理解し、有効活用することができたなら幸いです。
ここまでお読み頂きありがとうございました。