「長男だから遺産は全部もらう」
「親の世話をしてきたのだから、私が全部もらうのは当然だ」
相続人の1人がそう主張し、相続トラブルになることが多くあります。
しかし、遺言書がない限り、相続人のうちの1人が遺産を独占するような主張は、法律上通用しません。
とはいえ、「法律で認められないから」といくら言っても、一向に遺産の独占を主張する人がいると、相続がいつまで経っても完了せず困ってしまいますよね。
そこで今回は「遺産の独占は可能なのか?」に焦点をあて、独占を主張された場合の手続きや、独占を主張されることによってトラブルにならないための対策などについて解説します。
目次
1章 相続人の1人が遺産を独り占めする権利はない
- 長男だから
- 親と同居していたから
- 親の世話をしていたから
- 家業を継いだから
様々な理由から、「遺産をすべてもらう!」と主張する方がしばしばいらっしゃいます。お気持ちは分からなくもないですが、遺言書がない限り、そのような主張は法律上認められません。
まずは「なぜ、遺産の独占ができないのか?」について理解しておきましょう。
1−1 法律で相続人と相続分が決められている
遺言書がない場合、法律で「相続できる人(相続人)」と「相続できる割合(相続分)」が決められています。これを「法定相続人」「法定相続分」と言います。
この「法定相続人」「法定相続分」が法律で決まっているため、遺言書がない限り、相続人の誰かが遺産を独り占めしたいという主張は通らないということです。
具体的に相続の順番や割合を見ていきましょう。
【法定相続人】
法律上、配偶者がいる場合、配偶者は必ず法定相続人になります。
それに加えて、以下の人が、優先順位に従って法定相続人になります。
- 第一順位:子供
- 第二順位:両親や祖父母などの直系尊属
- 第三順位:兄弟・姉妹
- 子供がいる場合は子供が相続人
- 子供がいない場合は第二順位の両親(※)
- 子供も両親もいない場合は第三順位の兄弟姉妹
※両親はいないが祖父母が存命の場合は祖父母
例えば、故人に配偶者と子供がいる場合には、配偶者と子供が法定相続人になります。
【法定相続分】
上記で解説した法定相続人が、相続できる割合も法律で決められています。
相続割合は、相続人の構成によって異なります。
法定相続人 | 法定相続分 | 備考 | |
配偶者のみ | 配偶者100% | ||
配偶者+子 | 配偶者 | 1/2 | 子が複数人いる場合は均等に分配 |
子 | 1/2 | ||
配偶者+両親などの直系尊属 | 配偶者 | 2/3 | ・親が複数人いる場合は均等に分配 ・被相続人に最も近い世代のみが相続人となる。親・祖父母ともに存命の場合でも、親のみが相続人となります。 |
両親などの直系尊属 | 1/3 | ||
配偶者+兄弟・姉妹 | 配偶者 | 3/4 | |
兄弟・姉妹 | 1/4 | ||
子のみ | 子100% | ||
両親などの直系尊属のみ | 両親100% | 親が複数人いる場合は均等に分配 | |
兄弟・姉妹のみ | 兄弟・姉妹100% | 兄弟・姉妹が複数人いる場合は均等に分配 |
上記を見るとわかるように、同じ立場の相続人が複数人(兄弟・姉妹など)がいた場合、均等に分配されるよう決められています。
そのため、「長男だから」などの理由で遺産の独占はできません。
1−2 遺言書があっても遺留分を請求される可能性がある
上記の法定相続人・相続分は、遺言書がないケースに適用されるものです。
そのため、遺言書によって「長男にすべての遺産を譲る」と指定されているのであれば、独占が可能と思われるでしょう。
しかし、遺言書によって、遺産を受け取れない人、または極端に取得分が少ない人がいる場合、その人は遺産を取得する人に対して「遺留分」を請求することができます。
遺留分とは、法定相続人に認められる最低限の遺産取得分です。そのため、遺言書があったとしても、遺留分を請求されれば、遺産の独占は叶いません。
遺留分の割合は以下のように定められています。
法定相続人 | 遺留分 | 備考 | |
配偶者のみ | 1/2 | ||
配偶者+子 | 配偶者 | 1/4 | 子が複数人いる場合は均等に分配 |
子 | 1/4 | ||
配偶者+両親などの直系尊属 | 配偶者 | 1/3 | ・親が複数人いる場合は均等に分配 ・被相続人に最も近い世代のみが相続人となる。親・祖父母ともに存命の場合でも、親のみが相続人となります。 |
両親などの直系卑属 | 1/6 | ||
子のみ | 1/2 | ||
両親などの直系尊属のみ | 1/3 | 親が複数人いる場合は均等に分配 | |
配偶者+兄弟・姉妹 | 配偶者 | 1/2 | 兄弟・姉妹には遺留分は認められない |
兄弟・姉妹 | なし | ||
兄弟・姉妹 | なし | 兄弟・姉妹には遺留分は認められない |
なお、遺留分を請求できるのは、配偶者・子供などの直系卑属・両親などの直系尊属のみで、兄弟・姉妹は請求できません。
2章 相続人の1人が遺産を独り占めできるケース
1章では「相続人に遺産の独占をする権利はない」とお話しましたが、以下のケースでは結果的に遺産の独占ができる可能性があります。
- 遺言書で指定されている
- 相続人が1人しかいない
- 自分以外の相続人が相続放棄をした
- 遺産分割協議で相続人全員から合意を得ている
それぞれ詳しく見ていきましょう。
2−1 遺言書で指定されている
遺言書で「○○に遺産のすべてを譲る」と指定されているのであれば、指定された人が遺産を独占することは可能です。これは、法定相続人でなくても同様です。
ただし、1章でもお話したとおり、法定相続人には遺留分を請求する権利がありますので、遺留分を請求された場合には独占は叶いません。
2−2 相続人が1人しかいない
相続人が1人しかいないケースでは、当然その人が遺産を独占することができます。
例えば以下のようなケースです。
- 子供のいない夫婦で、故人に両親、兄弟・姉妹がいない
- 両親がどちらも亡くなっていて、一人っ子である
- 故人に配偶者も子供もおらず、故人と2人兄弟である
注意すべきなのは「子供のいない夫婦」のケースです。2人きりの夫婦で、夫が亡くなった場合、「妻だけが相続人になる」と思われがちですが、実は違います。夫の両親が存命の場合や、夫に兄弟がいる場合には、その人たちが相続人になるためです。
子供のいない夫婦は、遺された配偶者が困らないよう、対策が必須です。
2−3 自分以外の相続人が相続放棄をした
相続放棄とは、相続権の一切を法律上の手続きで放棄することです。
自分以外の相続人が相続放棄をした場合、相続人はあなただけとなりますので、遺産を独占することができます。
しかし、相続放棄をするのは遺産に借金があったり、所有しているだけで損になるような不動産があったりと、相続することにデメリットがある場合がほとんどです。
そのため、遺産を独占するメリットがないことがほとんどでしょう。
もし、他の相続人が相続放棄をしたのであれば、遺産の状況を調査し、確認するようにしましょう。
2−4 遺産分割協議で相続人全員から合意を得ている
法律で相続人や相続分が決められているとはいえ、それは強制されるものではありません。
相続人全員から「遺産をすべて取得していい」と合意を得ているのであれば、希望が通ることとなります。
合意を得て遺産を相続する場合には、後々トラブルにならないよう、必ず遺産分割協議書を作成するようにしましょう。
3章 遺産分割の内容に納得ができない場合の手続き
相続人の1人が頑なに遺産の独占を主張したり、意見を曲げずにいつまでも遺産分割が完了しなかったりして困ってしまうこともあるでしょう。
中には、無理やり遺産分割を進めようすることもあるかもしれません。
そのように、遺産分割の内容に納得がいかないような場合には、以下のような手順で手続きをしましょう。
- 財産調査をする
- 相続人間で話し合いをする
- 弁護士を立てて交渉してもらう
それぞれ詳しく解説します。
3−1 ①財産調査する
まずは、財産調査をして遺産の内容を明確にしましょう。
不動産など、ひと目で価値のわからないものは、査定などを行い、価値を算出します。
財産の内容が分かれば、相続人一人ひとりの相続分がどの程度なのか具体的に主張することができます。
なお、財産調査をご自身で行うのが難しい場合には、司法書士などの専門家に依頼すれば、一括で財産を調査してくれます。
3−2 ②相続人間で話し合いする
財産の内容を明らかにしたら、それを元に相続人間で話し合いましょう。
1章でお話した、相続分の話を元に話し合いを進めるのがよいでしょう。
話し合いをする際のポイントは、できるだけ感情的にならず、冷静に話すことです。
相続の話し合いは、家族・親族で行うものですので、どうしても感情的になってしまいがちです。
相手が感情的になってしまうかもしれませんが、あくまで冷静に、法律のことも交えながら話し合いましょう。
3−3 弁護士を立てて交渉してもらう
どうしても話し合いが進まないようであれば、弁護士に依頼をして、間に入ってもらいましょう。
弁護士は、法律を元に交渉をするプロです。弁護士に依頼をすれば、あなたの代わりに他の相続人と交渉をしてくれます。
3−3−1 遺産分割調停
弁護士を間に入れても、話し合いがまとまらない場合には、遺産分割調停を申し立てましょう。
遺産分割調停とは、裁判所で調停委員が、中立な立場で相続人の間に入り、双方の言い分を聞いた上で調整を進め、円満な解決を目指すための手続きです。
調停委員は、あくまで中立な立場ですので、どちらかの肩を持つことや、優位になるような話し合いをすることはありません。
3−3−2 遺産分割審判
遺産分調停でも話し合いがまとまらない場合には、遺産分割審判、つまり裁判を起こすことになります。
遺産分割審判は、遺産分割調停を経ていなければ、提起することはできません。
遺産分割審判では、法律にのっとった判決が出ることがほとんどです。そのため、「遺産を独占したい」といった勝手な主張が通ることはありません。
とはいえ、遺産分割審判はかなりの時間と手間、それから弁護士への依頼費用もかなりかかることとなります。
そのため、遺産分割審判はあくまで「最終手段」と考え、なるべく調停までで解決するよう目指しましょう。
遺産分割審判に進むべきかどうかは、依頼している弁護士に適宜相談しながら決めることをおすすめします。
4章 親の面倒を看たなどの実績がある場合には寄与分が発生する
「遺産を独占したい」という主張を通すことは難しいですが、「遺産を多めにもらいたい」という主張が通ることはあります。
生前に、故人の介護をしていたり、金銭的な援助をしていたりする場合には、その貢献度に応じて遺産の取得分が上乗せされることがあるからです。
この上乗せされる取得分を「寄与分」と言います。
寄与分が認められるのは、以下のようなケースです。
- 1. 家事従事
- 亡くなった人の事業の手伝いをして、相続財産の維持・形成に貢献したこと。
例えば、実家の家業(農家や酒屋など)を手伝ったようなケースです。
なお、寄与行為として認められるには、その手伝いが無償または一般的な報酬より低額である必要があります。 - 2. 出資
- 亡くなった人の事業に出資をして、相続財産の維持・形成に貢献したこと。
例えば、実家の農業に使う機器を購入してあげたり、劣化したお店のリフォーム代を出してあげたりすることがこれにあたります。
なお、出資した効果が持続的であり、相続開始時までその効果が残っていなければいけません。「一時的に商品を仕入れるお金が足りないから、1月分だけお金を援助してあげた」というケースでは認められない可能性があります。 - 3. 療養看護
- 亡くなった人の身の回りの世話や介護などをして、その人が介護施設に費用やヘルパー費用など、看護費用の支払いをせずに済んだことによって相続財産の維持に貢献したこと。
この場合、通常の扶養義務の範囲を超えて扶養することが必要です。 - 4. 扶養
- 亡くなった人を金銭的に援助することによって、その人が生活費などの出費を押されたことによって相続財産の維持に貢献したこと。
この場合、通常の扶養義務を超えて扶養することが必要です。 - 5. 財産管理
- 亡くなった人の財産を管理したり、財産の維持費を負担したりして出費を抑えたことによって相続財産の維持に貢献したこと。
不動産の維持管理の費用負担や税金の負担などがこれにあたります。
なお、寄与分について、話し合いで認められないような場合には、遺産分割調停や遺産分割審判で決めることとなります。
5章 相続人の1人が遺産の独り占めを主張してトラブルにならないための対策
相続が発生してから、遺産の独占を主張する人が現れてトラブルになってしまうと、遺産分割の話し合いが長引き、大変です。ケースによっては、1年、2年と年単位で話し合いが続くこともあります。
もし、一向に話し合いがまとまらず、遺産分割審判にまで発展してしまうと、かなりの労力を要することとなるでしょう。
そうならないためには、生前に以下のような対策をしてく必要があります。
- 遺言書を作成する
- 生前の介護などを相続人全員で協力して行う
- 成年後見人を選任する
- 早い段階で専門家に相談する
それぞれ詳しく見ていきましょう。
5−1 遺言書を作成する
生前対策として最も有効なのが「遺言書」です。
- 遺産をすべて譲りたい人がいる
- 遺産を譲りたくない人がいる
- 遺産を喧嘩することなく平等に分け合ってほしい
という場合には、その旨を遺言書として残しておきましょう。
遺言書は、法律よりも効力の強いものですので、いくら法律で相続分が決まっていたとしても、相続人たちは原則として遺言書に従わなければいけません。
ただし、1人の相続人に偏った相続をするようなケースでは、1章でも解説した「遺留分」がトラブルの原因になることもあります。
そのため、遺言書を作成する場合には、遺留分に考慮した内容にした上で、対策をしておくようにしましょう。
ご自身で作成するのでは不安があるという方は、司法書士などの専門家に相談すると、適切なサポートをしてくれますので、ぜひ相談してみてください。
5−2 生前の介護などを相続人全員で協力して行う
遺産の独占を主張する人の多くは
- 親の面倒を看たのだから
- 同居していて親のそばにいたのは自分なんだから
といった思いを持っています。
親の介護は思っている以上に大変ですので、「大変な思いをしたんだから、遺産を全部もらってもいいだろう!」と思う気持ちも否定しきれません。
そのため、なるべく相続人全員が介護などに協力するようにして、不公平感が出ないようにしましょう。
5−3 成年後見人を選任する
親が認知症などによって判断能力が低下しているような場合、同居している家族などによって使い込みをされる可能性があります。
また、「使い込みがある・ない」に関わらず、親が認知症などの場合、相続が発生した際に「疑い」が生まれるだけでトラブルになることもあります。
そのようなことを防ぐために、成年後見人を選任しておくのがよいでしょう。
成年後見人とは、認知症などによって判断能力が低下した人の代わりに、適切な財産管理や契約行為などの支援をする人です。
成年後見人は、裁判所の管理下で財産管理等を行うため、選任しておけば使い込みなどがなされるリスクを回避することができます。
成年後見人の概要や、選任方法などについては、以下の記事をご覧ください。
5−4 早い段階で専門家に相談する
理不尽な主張をしてくる人と相続人だけで話し合っていては、事態は収拾しにくいのが現実。そのまま話し合いを続ければ、泥沼化してしまうこともあります。
争いが長引けば長引くほど、お互いの感情が高ぶって、余計に悪化してしまうこともあるでしょう。
「話し合いだけじゃらちが明かないな」「このままじゃいつまで経っても決着がつかないな」と感じたら、早い段階で弁護士に相談してみましょう。
弁護士に依頼すれば、間に入って交渉を進めてくれます。
6章 まとめ
遺言書がない限り、相続人の誰か1人に遺産を独占する権利はありません。
兄弟同士など、同じ立場であれば全員が平等に遺産を取得する権利を持っています。
とはいえ、頑なに遺産の独占を主張する人がいると、いつまでも話し合いがまとまらず、トラブルになることもあるでしょう。
そのような場合には、弁護士への依頼も検討しましょう。
また、そもそもトラブルにならないよう、生前に対策をしておくことも大切です。
遺言書の作成や、後見人制度の利用など、状況に応じて適切な対策をしましょう。
グリーン司法書士法人では、相続専門の司法書士が生前対策のご相談を承っております。遺言書の作成などもサポートさせていただきます。
初回相談は無料。オンラインでのご相談も可能ですので、全国どこからでもお気軽にご相談ください。
よくあるご質問
親の遺産はどう分けるの?
法定相続人が相続できる割合は法律で決められており、法定相続分といいます。
法定相続人が配偶者と子供の場合は1/2ずつ、子供が複数人いる場合は1/2を人数で均等に割ります。
詳しくは下記リンク先をご参考にしてください。
▶法律で相続人と相続分が決められている相続財産を独り占めされた場合は?
法定相続人が複数人いるけれど、一人の相続人にのみ相続させる内容の遺言があった場合などは、遺留分侵害額請求を検討するのも一つの方法です。
兄弟姉妹以外の法定相続人に認められる「最低限の遺産取得割合」のことを遺留分といい、その遺留分を侵害された相続人が、侵害した人へ清算金を請求することを遺留分侵害額請求といいます。
詳しくは下記リンク先をご参考にしてください。
▶遺留分侵害額請求とは?相続財産は独り占めできる?
遺言書がない限り、遺産を独り占めすることは法律上認められません。
法律によって相続発生時に誰がどれくらい遺産を受け継ぐかは決められているからです。
▶相続財産の独り占めについて詳しくはコチラ