遺留分侵害額請求とは「不公平な遺言や生前贈与が行われて納得できないとき、お金で清算するよう求めること」です。
2019年の民法改正前は「遺留分減殺請求」でしたが、民法改正によって2019年7月1日以降に発生した相続には「遺留分侵害額請求」に変更されました。
遺留分侵害額請求を行えば、贈与や遺贈により財産を多く取得した人物に対して、遺留分侵害額相当分の金銭を支払ってもらえます。
本記事では、遺留分侵害額請求とは何か、法改正内容や時効について解説します。
目次
1章 遺留分侵害額請求とは
1-1 遺留分侵害額請求
遺留分侵害額請求とは「遺留分」を侵害された相続人が、侵害した人へ清算金を請求することです。また、遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に認められる「最低限の遺産取得割合」です。
不公平な遺言や生前贈与が行われると、子どもなどの相続人であっても遺産を一切受け取れない可能性があります。すると、最低限の遺留分すら侵害されるので、侵害された相続人は遺贈や贈与を受けた「侵害者」へ返還請求できます。その際、お金での清算を求めることを「遺留分侵害額請求」といいます。
1-2 遺留分侵害額請求ができる人
遺留分侵害額請求できる人は次の法定相続人となる人です。
- 配偶者
- 子ども、孫、ひ孫など
- 親、祖父母、曾祖父母など
兄弟姉妹や甥姪が法定相続人になる場合に遺留分はありません。
ですので、遺産を一切取得できなくても遺留分侵害額請求を行うことはできません。
1-3 遺留分侵害が起こるケース
遺留分侵害額請求できるのは「遺言」や「生前贈与」によって遺留分が侵害されたケースです。
1-3-1 ケース①遺言
遺言書により、特定の相続人や第三者へ多額の遺贈が行われた
例①)亡夫が遺言で愛人に全ての財産を遺贈すると書いていた
例②)亡父が遺言でNPO法人に全ての財産を寄付すると書いていた
1-3-2 ケース②生前贈与
生前の一定期間に特定の相続人や第三者へ多額の贈与が行われた
例①)亡父が生前の間、唯一の財産である自宅を長男に贈与していた
例②)亡父が生前の間、長女にだけ現金の贈与を繰り返したので、死亡時に財産が無くなっていた
1-3-3 ケース③死因贈与
死亡を条件として特定の相続人や第三者へ多額の贈与が行われた
例①)亡夫が死亡したら全ての財産を愛人に贈与するという契約を結んでいた
1-4 遺留分侵害額請求の具体例
次に具体的な2つの事例をもとに解説したいと思います。
1-4-1 兄弟姉妹間での遺留分侵害額請求
このように子どもが3人いるケースで、父親が遺言書で「長男にすべての遺産(3,000万円分)を相続させる」と残していたら、長女と次男は長男へ各500万円(合計1,000万円)の遺留分侵害額請求ができます。
1-4-2 第三者への遺留分侵害額請求
このように配偶者と子どもが相続するケースで、夫が愛人にすべての遺産(1,000万円分)を贈与していた場合、妻と子どもは愛人へ各250万円(計500万円)の遺留分侵害額請求ができます。
詳しい遺留分の割合や遺留分の計算方法については次章でご説明します。
2章 遺留分侵害額を計算しよう
あらためてになりますが、法定相続人として遺留分侵害額請求できる立場か確認しておきましょう。
- 配偶者
- 子ども、孫、ひ孫など
- 親、祖父母、曾祖父母など
(兄弟姉妹や甥姪が法定相続人になる場合、遺留分はありません。)
次に遺留分侵害額を計算するための3つの手順をご紹介します。
【遺留分侵害額を計算するための3つの手順】
①遺留分の割合を確認しよう
②遺留分計算の基準となる財産額を確認しよう
③基準となる財産額から遺留分侵害額を算出しよう
それでは手順に沿って計算してみましょう。
2-1 遺留分の割合を確認しよう
遺留分の割合は、「誰が遺留分権利者になるか」で変わります。
親などの直系尊属のみが法定相続人になる場合には3分の1、それ以外のケースでは2分の1になります。
配偶者以外の相続人は、1名以上になるケースがありますが、複数人いるときは人数で割れば計算できます。
一覧表にしましたので、ご自身のケースを確認しましょう。
【法定相続人と遺留分割合の表】
パターン別の個別の相続人の遺留分割合をまとめると、以下のとおりです。
配偶者 | 子ども | 親 | |
配偶者のみ | 2分の1 | ||
子どものみ | 2分の1 | ||
配偶者と子ども | 4分の1 | 4分の1 | |
親のみ | 3分の1 | ||
配偶者と親 | 3分の1 | 6分の1 | |
配偶者と兄弟姉妹 | 2分の1 |
具体例は次のとおりです。
【子ども3名が相続人の場合】
子ども1名あたりの遺留分割合は6分の1となります。
【妻、子供2名が相続人の場合】
妻の遺留分割合は4分の1、子ども1名あたりの遺留分割合は8分の1となります。
2-2 遺留分計算の基準となる財産額を確認しよう
遺留分割合がわかれば、次に計算の基準となる財産額を確認しましょう。
遺留分の対象となる基準の財産額を計算する方法は、以下のとおりです。
「相続財産」+「一定の範囲の贈与財産」-「債務額」=基準となる財産額
まずは相続発生時に遺された相続財産に、以下の範囲の贈与を足します。
- 相続開始前1年以内の贈与
- 贈与者と受贈者が遺留分権利者に損害を与えることを知ってした贈与
- 相続人への特別受益に該当する、相続開始前10年以内の贈与(民法が改正前である2019年6月30日以前に開始した相続については期間制限なし)
そして借金などの負債をマイナスすれば、基準となる財産額を計算できます。
たとえば3,000万円の遺産が遺されていて、生前に500万円の贈与が行われており借金が500万円あれば、差し引きして3,000万円(3,000万円+500万円-500万円=3,000万円)が基準の財産額となります。
2-3 基準となる財産額から遺留分侵害額を算出しよう
基準の財産額に遺留分割合をかけ算すると、個別の相続人の遺留分侵害額を計算できます。
基準となる財産額×遺留分割合=遺留分侵害額
たとえば基準の財産額が3,000万円、子どもと配偶者が相続する場合であれば、それぞれの遺留分は3,000万円×4分の1=750万円ずつとなります。
3章 遺留分侵害額請求の時効と除斥期間に注意しよう
遺留分侵害額請求には「時効」と「除斥期間」という、請求できる期間の制限があります。
次のいずれかの期間を過ぎてしまうと、請求できなくなるので注意が必要です。
時効・・・・・「相続開始と遺留分の侵害を知ってから1年以内」
除斥期間・・・「相続開始から10年以内」
イラストにすると次のとおりです。
次にそれぞれの期限について詳しく確認しましょう。
3-1 時効
相続開始と遺留分侵害の2つの事実を知ってから「1年以内」に遺留分侵害額請求をしなければなりません。この期間を過ぎると遺留分侵害額請求できなくなります。これを「時効にかかる」といいます。
また、2つの事実を知ってから1年以内なので、相続開始後、1年後に遺言されていたことを知った(遺留分侵害の事実を知った)時は、その日から1年の期間はスタートします。
なお、「請求」さえすれば権利が守られるので、1年以内に遺留分侵害額を払わせる必要はありません。内容証明郵便で1年以内に請求書を送ると良いでしょう。
3-2 除斥期間
相続開始から10年が経過すると、自然に遺留分侵害額請求権は消滅します。これは「除斥期間」といいます。権利者が相続開始や遺留分侵害の遺言や贈与を知らなくても自動的に権利が失われてしまいます。
不公平な遺言や贈与によって相続分を減らされたら、権利が消滅する前に、早めに遺留分侵害額請求をしましょう。
4章 遺留分侵害額請求の手順
次に、遺留分侵害額請求の手順をご説明します。
4-1 話し合いをしよう
まずは相手と話し合いましょう。合意ができたら合意書を作成し、約束どおりに支払を受けます。
4-2 内容証明郵便で請求しよう
話し合っても合意できない場合、内容証明郵便を使って遺留分侵害額請求書を送りましょう。また遺留分侵害額請求の時効が迫っている場合にも、話し合いの前に内容証明郵便で通知しておくことをお勧めします。内容証明郵便で請求書を送ると日付が記載され、確実に時効を止められるからです。
請求書を送ったら、相手と話し合って遺留分侵害額の清算方法を取り決めて支払を受けます。
4-3 遺留分侵害額請求調停を申立てよう
内容証明郵便で請求しても無視される場合や、話し合っても合意できない場合、家庭裁判所で「遺留分侵害額請求調停」を申し立てましょう。調停では、調停委員会に仲介してもらって相手と話し合いを行えます。
合意ができたら「調停」が成立し、約束とおりに支払ってもらいます。
4-4 遺留分侵害額請求訴訟を起こそう
調停で話し合っても合意できない場合には、地方裁判所で「遺留分侵害額請求訴訟」を起こしましょう。訴訟で遺留分の主張と証明ができれば、裁判所が相手に遺留分侵害額の支払い命令を出してくれます。相手が支払わなければ差押えも可能です。
遺留分侵害額請求では、まずは相手に話し合いを持ちかけるのが基本です。遺留分を侵害する遺言や贈与があったら、侵害者へ遺留分侵害額の清算を打診してみましょう。
5章 遺留分侵害額請求に備える5つの方法
死後に相続人間などで「遺留分侵害額請求」が起こると大きなトラブルになります。双方が弁護士を雇って何年もかかることもありますし、いくら仲の良かった家族であっても、一度、崩れた関係は元に戻らないことも少なくありません。
まだ、間に合うなら以下のような方法を組み合わせて対策してみてください。
5-1 早めに生前贈与を始める
遺留分侵害額の対象となる生前贈与は、基本的に「死亡前1年以内」のものです。法定相続人に対する贈与でも「死亡前10年間」が限度となります。
それ以前の生前贈与は遺留分侵害額請求の対象になりません。トラブルを避けるには、なるべく早く生前贈与をはじめましょう。
5-2 生命保険を活用する
生命保険も遺留分侵害額請求の対策に使えます。遺言や贈与によって特定の人へ財産を取得させるなら、その人を生命保険の受取人にしましょう。
そうすれば、遺留分侵害額請求をされたときに、その生命保険金を使ってスムーズに清算できます。
5-3 遺留分を放棄してもらう
遺留分侵害額請求権は、一定の要件を満たすと「放棄」できます。権利者に生前に放棄させられれば有効な対処方法となります。ただし放棄を成立させるには、本人の意思で家庭裁判所へ申立をさせなければなりません。また本人に「遺留分に代わる補償」を与える必要もあります。
簡単には放棄が認められないので、方法がわからないときには司法書士か弁護士に相談してみてください。
5-4 遺言書の付言事項を活用する
遺言書を作成するときに「兄弟仲良くするように、親の希望を理解し、なるべく遺留分侵害額請求をしないように」という内容のメッセージを残しておくと、相続人たちが遺言者の遺志を尊重して遺留分侵害額請求をしない可能性が高くなります。エンディングノートを使う方法も同様に有効です。
5-5 家族でしっかり話し合っておく
特定の家族に遺言や贈与で財産を遺すなら、生前に家族でしっかり話し合っておきましょう。なぜその人に財産を与えるのか理解を求め、遺留分侵害額請求をしないように言い含めます。何もしないより遺志を尊重してもらえる可能性が高くなり、遺留分トラブルを防止しやすくなるでしょう。
ご覧いただいたとおり遺留分侵害額請求への対策は、相続に関する複合的な知識が必要になります。
具体的な方法も含め、相続に詳しい司法書士や弁護士に相談してみてもいいでしょう。
6章 遺留分減殺請求との違いを知りたい方へ
遺留分侵害額請求は2019年7月1日に施行された改正民法により導入された新しい制度です。それまでは「遺留分減殺請求」という制度が適用されていました。
2019年6月30日以前に発生した相続・・・遺留分減殺請求
2019年7月1日以降に発生した相続・・・遺留分侵害額請求
両者の違いをまとめると以下のとおりです。
遺留分侵害額請求(現行) | 遺留分減殺請求(旧法) | |
清算方法 | お金で精算 | 現物返還 |
支払い猶予 | 可能 | 即時返還 |
請求後の効果 | お金が返ってくる | 物が返ってくる、もしくは共有になる |
生前贈与の時期 | 法定相続人への生前贈与は死亡前10年間 | 法定相続人への生前贈与はすべて含む |
適用時期 | 2019年7月1日以降の相続 | 2019年6月30日までの相続 |
重要な変更点は3つです
- 清算方法が「お金」のみになりました
- 生前贈与の期間が10年間に限定されました
- 遺留分侵害額請求の適用時期は2019年7月1日以降に発生した相続です
順にくわしく見ていきましょう。
こちらの記事も参考にしてください。
6-1 清算方法は「お金」のみ
もっとも重要な変更点は、清算の方法です。遺留分減殺請求の頃は「現物返還」が原則だったので、遺留分減殺請求をすると「不動産」や「株式」「預金」などの「遺産そのもの」が返還されていました。すると、不動産などの分けられないものは「共有」状態となってしまいました。
しかし、多くの場合、遺留分権利者も侵害者も「共有状態」を望みません。そこで遺留分侵害額請求では、お金での清算が原則とされました。権利が行使されると侵害者は請求者へお金を払えば済みます。遺産が共有になることはなく、不要なトラブルを避けられます。
6-2 生前贈与の期間は10年間
遺留分減殺請求では、法定相続人への生前贈与は時期を問わず「すべて対象」になっていました。しかしそれでは20年や40年以上前などの古い生前贈与が持ち出され、遺留分額の算定方法について、トラブルが大きくなる傾向があったので、遺留分侵害額請求では「死亡前10年間に行われた生前贈与」に限定されました。
6-3 遺留分侵害額請求は2019年7月1日以降の相続
遺留分侵害額請求が適用されるのは、2019年7月1日以降に発生した相続です。その日に新民法が施行されたからです。
2019年6月30日までに発生した相続には「遺留分減殺請求」が適用されるので、これだけは絶対に間違えないようにしましょう。
まとめ
遺留分侵害額請求とは、法定相続人の遺留分が侵害されたとき、権利者が侵害者へ金銭での清算を求める権利です。2019年7月1日以降に発生した相続について適用されます。
遺留分侵害額請求には「相続開始と遺留分侵害を知ってから1年以内」という時効があります。まずは相手に遺留分侵害額を払ってほしいという話を持ちかけ、話し合っても解決できない場合には弁護士に相談すると良いでしょう。
よくあるご質問
遺留分侵害額請求に時効はあるの?
遺留分侵害額請求に時効はあります。
「亡くなった人が死亡した事実を知り、遺言が発見されてから1年間」です。
遺留分侵害額請求をせずに1年経過すると、請求ができなくなります。
詳しくは下記リンク先をご参考にしてください。
▶相続遺留分を請求できる期間遺留分を払わないとどうなるの?
遺留分を支払いたくないからと無視をしていると、相手から裁判を起こされる可能性があります。
裁判で支払いを命じる判決が出ても支払わないでいると、最悪の場合、財産や給与を差し押さえられることとなります。
詳しくは下記リンク先をご参考にしてください。
▶遺留分の請求を無視すると裁判に発展することもある