
「相続に不満はないし、遺留分も必要ないんだけどな…」
「遺留分を放棄してくれって言われたけど放棄したらどうなるの?」
なにかと揉めがちな相続。ですが積極的に揉めたいと思っている人はいませんよね。スムーズに相続が終わるのに越したことはありません。
遺留分の放棄は相続トラブルの防止に役立ちます。この記事では遺留分放棄の効果から手続きまで解説していますので、遺留分なんて必要ない、相続でトラブルになりたくないという方は記事を読んでぜひ検討してみてください。
目次
1章 遺留分放棄とは
1-1 遺留分放棄は相続分が少なくてもいいという意思表示
まず遺留分とは兄弟姉妹以外の法定相続人に最低限保証される相続分のことですが、遺留分放棄とはその最低限の保証を受けないことです。つまり、相続する財産が遺留分より少なくても文句を言わないということになります。
例えば遺留分が500万円、実際に相続したのは200万円だとします。遺留分放棄をしていなければ差額の300万円を請求できますが、遺留分放棄をしていると請求ができなくなります。
また、相続人中の誰かが遺留分を放棄しても他の人の遺留分は増えません。放棄された分は遺言で自由に分配できる遺産になります。
では実際に遺留分放棄をする場面を紹介します。
CASE① 相続で揉めてほしくない
前婚での子や婚外子がいると相続は揉めがちです。とはいえ無視して相続を行うのはより状況を悪くするだけです。
そこで紛争を避けるために夫(被相続人)は生前に対策をすることにしました。夫はAに対して生前贈与をする代わりに遺留分を放棄してもらえないかと持ち掛けました。Aはそれを受け入れ、贈与を受けて遺留分を放棄しました。
CASE② 事業を継がせたい
家族経営で事業を行っている方や、個人事業主の方は子どもを跡取りとして会社の資産を継がせたり、株式を譲渡することもあるでしょう。
しかしこのときには相続する財産に大きい差が生じることが多く、遺留分のトラブルも多いです。後継者を決めた時点ではもめなかったとしても会社の資産などの価値が高騰することもありえます。
そこで後継者を長男と決めた時点で、次男には相応の生前贈与を行う代わりに、遺留分を放棄してもらうことにしました。
CASE③ 遺産を慈善団体等に寄付したい
遺産を慈善団体等に寄付したいときには遺留分に注意する必要があります。
「遺産は全てボランティア団体に寄付する」という遺言を残しても、配偶者や子どもなどの遺留分権利者がその団体に対して遺留分を主張するかもしれません。そこで団体と遺族が揉めてしまったり、団体側が遺留分を返そうと思っても既に使ってしまったというトラブルが起きるのは誰も望んでいません。
そこで妻にあらかじめ住んでいるマンションの名義を移しておき、遺留分を放棄してもらったうえで遺産をボランティア団体に寄付する遺言を書きました。
CASE④ 遺産が必要ではない
様々な理由で遺産を不要だと考える人もいるでしょう。
長男は親からマイホーム資金の援助を受けたことがあり、仕事も順調で経済的にも余裕があります。しかも実家を出て離れたところに住んでいるので、遺産は両親の近くに住んでいる次男がもらえばいいと思っています。そこで長男は遺留分を放棄することにしました。
1-2 遺留分放棄と相続放棄の違い
遺留分放棄と相続放棄は全くの別物です。遺留分放棄は最低限の相続分の保証を受けないことでしたが、相続放棄はそもそも相続をしないことです。
遺留分放棄では相続そのものは放棄していません。どんなに少なかろうが相続はします。これが遺留分放棄と相続放棄の1番の違いです。
また、遺留分放棄は主に相続発生前にするのに対し、相続放棄は相続発生後にするという違いもあります。その他は表で見ていきましょう。
遺留分放棄 | 相続放棄 | |
---|---|---|
放棄する権利 | 遺留分請求権 | 相続権 |
相続の可否 | できる | できない |
遺産分割協議 | 参加する | 参加しない |
借金の相続 | する | しない |
代襲相続の可否 | できる 遺留分の請求はできない | できない |
他の相続人への影響 | なし 他の人の遺留分はそのまま | あり 他の人の相続分が増える |
相続発生前の放棄 | 家庭裁判所の許可が必要 | できない |
相続発生後の放棄 | 自由にできる | 家庭裁判所で手続きをする |
ここで注意すべきなのは、遺留分を放棄しても遺産に借金があればそれを相続することです。
遺留分を放棄すれば相続争いに巻き込まれる可能性は低くなるでしょう。しかし相続人であることには変わりありません。遺留分を放棄しても相続の話には加わりましょう。もし相続に全く関わりたくないのであれば遺留分放棄ではなく相続放棄をおすすめします。なお、遺留分放棄をしたうえで、相続発生後に相続放棄をすることも可能です。
2章 遺留分放棄のメリット・デメリット
2-1 遺留分放棄のメリット
遺留分放棄のメリットは遺産分割を円滑にできることです。
遺産分割は全ての遺産をきっちり平等に分けることが最適とは限りません。事業や扶養のために1人に集中させる方が良い場合もあるでしょうし、遺産だけでなく生命保険、生前贈与なども含めて調整する方が公平になることもあるでしょう。遺留分があるとそのような遺産の分配が難しいですが、遺留分を放棄することで遺産分割の自由度が高まります。
また、せっかく遺言を書いたり相続対策をしていても、遺留分を残しておくと後々の争いの種にもなりかねません。遺言を書いたときは相続人みんなが納得しているように見えても、いざ相続が始まるとやっぱり遺産が惜しくなったり、以前は経済的に余裕があったが今はそうでもなくて遺産が欲しくなったという状況は十分に考えられます。話がまとまった段階で遺留分を放棄していればこのような争いが避けられます。
2-2 遺留分放棄のデメリット
遺留分放棄のデメリットは、代襲相続の場合も含めて遺留分の請求ができなくなることです。
後ほど説明しますが、遺留分の放棄は基本撤回できません。放棄をすれば、ほぼ確実に遺留分の請求ができなくなります。繰り返しにはなりますが、今は生活に余裕があるから遺産なんて必要ないと思っていても、いざ相続するときになったら生活状況が変わっていて少しでも多く遺産が欲しいなんていうこともあるかもしれません。それでも放棄をしていれば遺留分の請求は不可能です。
そして遺留分を請求できないのは自分の代に限りません。放棄した後に代襲相続が発生した場合、代襲相続人も遺留分を請求できません。遺留分は法律で認められた正当な権利です。放棄するよう迫られていても納得できなければ放棄してはいけません。よく考えてから放棄しましょう。
代襲相続についての詳しい解説はこちらをご覧ください。
3章 相続発生前に遺留分を放棄する方法
遺留分の放棄は相続が始まる前でも後でも可能です。まずは相続発生前に遺留分を放棄するときの方法を紹介します。
3-1 家庭裁判所の許可が必要
相続発生前に遺留分を放棄するには家庭裁判所の許可が必要です。遺留分を無理やり放棄させられることを防ぐためです。遺留分は残された配偶者や子どもなどの生活保障のためにあります。
そのような大事な権利にも関わらず、簡単に放棄できるようにして無理やり放棄させられてしまったら大問題です。そこで家庭裁判所が関わって慎重に判断することになっています。
たとえ双方が納得していたとしても念書は無効です。必ず家庭裁判所の許可をもらってください。
3-2 家庭裁判所の許可をもらう手続き
放棄の許可をもらうには、家庭裁判所に遺留分放棄の許可を申立てる必要があります。申立て先は被相続人の住所を管轄する家庭裁判所です。
3-2-1 申立てに必要なもの
まずは申立ての準備をしましょう。申立てに必要なものは以下の通りです。
- 申立書
- 土地財産目録、建物財産目録、現金・預貯金・株式等財産目録
- 収入印紙800円分(申立書に貼る)
- 連絡用の郵便切手(具体的な金額は各家庭裁判所ごとに異なる)
- 被相続人の戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)
- 申立人の戸籍全部事項証明書
- その他裁判所から指示されたもの
申立書や財産目録は裁判所のサイトからダウンロードできます。記入例もあるのでそちらも参考にしてください。郵便切手は東京家庭裁判所の場合、84円切手が4枚と10円切手が4枚必要です。大阪家庭裁判所の場合は、84円切手が10枚です。必要な切手は各家庭裁判所ごとに異なるので、管轄の家庭裁判所のサイトを参照するか、問い合わせて確認してください。
申立書や財産目録を作成するためには、財産の調査や相続人の確認も必要です。登記や戸籍、財産関係の資料を集めましょう。
3-2-2 申立ての手順
必要なものが揃ったら申立てをしましょう。必要書類を家庭裁判所に提出します。その後の流れは以下の通りです。
- 申立てが受理される
- 審問の期日が通知される
- 期日に家裁に行って審問を受ける
- 許可がおりて通知される
- 証明書を発行してもらう
申立てが受理されたら審問の日程が通知されるので、その日に家庭裁判所に行って審問を受けます。
審問とは面談やヒアリングのようなものです。遺留分放棄の意味をちゃんと分かっているか、誰かに強要されていないかを直接話して確認されます。取調べや尋問のように問い詰めるものではないので安心してください。
その後許可をもらえれば、許可がおりた旨の通知が来ます。遺留分の放棄としてはここまでで完了していますが、証明書をもらうことを忘れないようにしましょう。
許可がおりたかどうかは申立人だけしか分からないので、そのままではトラブルの原因になります。遺留分放棄の許可をもらったという証明書をもらい、相続人で共有しましょう。
3-3 申立時に知っておきたい2つのこと
後悔することなくスムーズに遺留分の放棄ができるために知っておきたい2つのポイントを紹介します。
3-3-1 家庭裁判所の判断基準
家庭裁判所が放棄を認めるかどうかを判断するにあたって申立書や審問で見ていることは次の3つです。
①本人の自由な意思に基づいているか
遺留分の放棄が誰かに強要されたものではなく、自分の意志によるものかを確認します。
②放棄の理由に合理性・必要性があるか
好き嫌いなどの感情が原因ではなく、放棄が合理的・必要的であるかを確認します。
③同等の代償があるか
②をより具体的に検討するために、遺留分を放棄することと引き換えに贈与などを受けたかを確認します。この条件のために改めて贈与をするのではなく、過去に受けた贈与でも構いません。申立て後に受け取るよりも申立て時に既に受け取っている方が認められやすいです。
放棄が認められた事例としては、遺産紛争を避けるために婚外子に贈与をして遺留分を放棄してもらった、親の面倒を見るために同居している子以外が遺留分を放棄したというものがあります。逆に認められなかった例としては、子どもの結婚に反対した両親が、子どもに遺留分放棄申立書に署名捺印させたというものがあります。
3-3-2 放棄の撤回は可能だが難しい
遺留分の放棄が家庭裁判所で認められたあとの撤回も一応可能ではあります。しかしハードルは高いです。撤回も家庭裁判所が判断し、その基準は放棄を認めた事情に変更があったかどうかです。裁判所は撤回を認めることにあまり積極的ではありません。
錯誤・強迫・詐欺があったときには放棄の意思表示を取り消すことができます。錯誤は言い間違いや書き間違い、重大な勘違いのことです。しかしこれらも簡単には認められませんし、そのようなことがあれば家庭裁判所の審査に通っていないのが普通でしょう。やはり撤回はできないものと考えるべきです。
以上のように放棄の撤回は一応可能ではあるものの、簡単にはできません。一度放棄したら撤回はできないと覚悟したうえで放棄しましょう。
4章 相続発生後に遺留分を放棄する方法
相続発生後に遺留分を放棄するときには許可や一定の手続きは必要ありません。自由に放棄できますが、トラブル防止のために書面で明確にするのがよいでしょう。言った言わないの争いになったり、後からやっぱり請求すると言い始めて揉めるなど、いくらでもトラブルはあり得ます。
しかし、遺留分は侵害されていたら必ず請求しなければならないものではありません。遺留分を侵害されていたとしても問題がなければ請求をしないこともできます。ですので請求せず放置していれば実質放棄になります。遺留分の時効は1年なので、亡くなってから既に1年経っている場合も行動を起こす必要はありません。既に遺産分割が円満に済んでいるのならばそのままにしておきましょう。
遺留分侵害額請求についての詳しい説明はこちらをご覧ください。
5章 遺留分を放棄させる方法
遺留分を本人の意思に反して放棄させる方法はありません。
これまで見てきたように、遺留分は重要な権利なので、無理やり放棄させられることがないように制度が作られています。もし放棄をお願いしても拒否されるなら、なんとか説得するしかありません。無理やり放棄させたとしても、のちに撤回される原因になります。絶対に強要してはいけません。
説得するための方法の1つとしては贈与があります。保険金の受取人にする代わりに遺留分を放棄してもらうといったように、何か代わりのものを用意するとよいでしょう。同時に裁判所が審査する放棄の条件も満たすこともできます。
まとめ
遺留分の放棄をすると、相続する財産が遺留分より少なくても文句を言えなくなります。一度放棄をすると撤回は難しいのでよく考えてから放棄しましょう。相続開始前に遺留分を放棄するには家庭裁判所の許可が必要です。相続開始後は許可や手続きの縛りなく自由に放棄できます。誰かに放棄してもらいたいときには代償を用意して説得するとよいでしょう。
遺留分放棄は遺言の作成と併せて生前の相続対策として有効です。希望通りの相続を争いなく叶えるために司法書士が力になります。グリーン司法書士法人では無料相談を行っていますので、ぜひ一度ご相談ください。