あなたが「相続分を他の相続人や第三者に譲渡」すれば、相続関係から離れることができます。
相続分を譲渡すると、その人の相続分はなくなるので、遺産分割協議に参加する必要もなくなるからです。
ただし相続分の譲渡にはメリットだけでなく、デメリットもあるので正しい知識を持って行うことが大切です。
今回は相続分の譲渡とはどういったことなのか、効果や方法、かかる税金の種類や発生するケースについて相続の専門家がわかりやすく解説しますので、ぜひご参考にしてください。
目次
1章 相続分の譲渡とは
相続分の譲渡とは、他の相続人や第三者に「自身の相続分」を譲り渡すことです。相続分の譲渡は、持分の全部や一部、有償または無償など比較的自由度も高く、家庭裁判所の関与なども必要ないため簡単に行うことができる手続きと言えます。
それでは詳しく見ていきましょう。
1-1 相続分の譲渡とは
相続分の譲渡は「自分の相続分を他の相続人や第三者に譲り渡すこと」です。
相続分譲渡のイメージは次のイラストで確認してください。
次に詳細について、順次説明をすすめていきます。
元の相続人はどうなるのか
相続分を譲渡すると、譲渡した範囲で元の相続人は相続分を失います。全部の相続分を譲渡したら、元の相続人は相続人としての立場を失うので、遺産分割協議に参加する必要もなくなります。
遺産を相続できなくなってしまうデメリットはありますが、相続トラブルに巻き込まれたくない場合、有効な方法です。
譲り受けた人はどうするのか
相続分を譲り受けた人は「相続人」と同じ立場になるので、遺産分割協議に参加して遺産分けの話合いをしなければなりません。
相続分は第三者にも譲渡できる
相続分は他の相続人だけではなく第三者にも譲渡できます。
たとえば相続人ではない友人などに譲ってもかまいません。第三者に譲渡した場合、第三者が遺産分割協議に参加して遺産分けを行います。
一部の譲渡もできる
相続分は、全部譲渡してもかまいませんが一部の譲渡も可能です。
たとえば2分の1の相続分のある人が4分の1だけ譲渡してもかまいません。
有償でも無償でもかまわない
相続分は、有償での譲渡も無償での譲渡も可能です。
なお、有償なのか無償なのかにより、かかる税金が変わってくるので6章でよく確認してください。
他の相続人の同意は不要
相続分を譲渡するとき、他の相続人の同意は不要です。譲渡人と譲受人が納得していたら譲渡できます。
なお、できればトラブル防止のため、事前に告知しておくことも検討しましょう。
債務も移転する
相続分を譲渡すると、債務も一緒に移転します。たとえば、100万円分の相続債務のある人が相続分を譲渡すると、譲受人が100万円分の負債を払わねばなりません。
2章 相続分の譲渡のメリット・デメリット
相続分を譲渡すると、以下のようなメリットとデメリットがあります。
2-1【メリット】遺産分割協議から離脱できる
相続分譲渡の一番のメリットは面倒な遺産相続関係から離脱できることです。
全部の相続分を譲渡すれば遺産分割協議にも参加する必要がありませんし、裁判所で遺産分割調停や審判などの大きなトラブルになっても関わらずに済みます。相続登記をはじめとした各種の名義変更などの面倒な手続も不要です。
また、3章で詳しく確認していただきますが、相続放棄とは異なり、家庭裁判所の関与も必要ないので、手間や費用がかからないこともメリットのひとつです。
2-2 【デメリット】他人が遺産分割協議に参加してトラブルになる可能性がある
デメリットは、他人に相続分を譲渡するとその他人が遺産分割協議に参加するため、トラブルの可能性が高くなることです。
ただし共同相続人以外の他人に相続分が譲渡されたときには、他の共同相続人は譲渡価額と費用を払って相続分を取り戻すことが可能です。これを相続分の取戻権といいます(民法905条)。相続分の取り戻しは譲渡を知ってから1か月以内にする必要があります。
たとえば兄弟3人で相続したときに1人が友人に相続分を売ってしまったら、残りの2人の兄弟は買い受け人に代金を支払って売られた相続分を取り戻し、2人で遺産分割協議を進めることができます。
2-3 相続分の譲渡を活用するシュチュエーション
メリットやデメリット、その他の特性をふまえ、相続分譲渡を活用するシュチュエーションは次のとおりです。
- 他の相続人や第三者など特定の人に相続分を譲渡したい
- 相続分のうち一部を譲渡したい
- 他の相続人や第三者へ有償で相続分を譲渡したい
このほか、たとえば「遺産分割や相続トラブルに関与したくない」というような方も、相続分譲渡を活用できるケースですが、その場合は次章で説明する「相続放棄」も合わせて検討しておく必要があります。
このように相続分の譲渡を検討する際は、相続放棄についても合わせて検討し、ベストな方を選択するようにしましょう。
次章では、似て非なる「相続分譲渡と相続放棄」について解説したいと思います。
3章 相続分の譲渡と相続放棄の違い
相続分の譲渡によく似た制度として「相続放棄」があります。相続放棄は、相続財産の一切を放棄し相続人から外れる制度です。
相続分の譲渡と比べると様々な違いがあるので、自らの要望もふまえベストな方法を選択する必要があります。
相続分の譲渡と相続放棄には、以下のような違いがあります。
| 相続分の譲渡 | 相続放棄 |
対象者 | 特定の人に譲渡できる | 他の共同相続人や後順位の相続人に相続分が移る(相手を指定できない) |
後順位の相続人への効果 | 影響しない | 後順位の相続人に相続分が移るケースがある |
相続分のうち一部か全部か | 一部または全部OK | 全部 |
期間制限について | 期間制限なし | 熟慮期間の3か月以内 |
家庭裁判所の手続き | 不要 | 必要 |
対価 | 有償または無償 | なし |
3-1 相続分を特定の人に譲渡できるか
相続分の譲渡の場合、相続分を特定の相手に譲渡することができます。
例えば、仲の良かった弟に自分の相続分を譲渡するというようなケースです。
長男1/3、長女1/3、次男1/3 ➡ 長男1/3、次男2/3
これに対し、相続放棄は、はじめから放棄した相続人はいなかった前提になるので、他の共同相続人や後順位の相続人に相続権が移ります。放棄者は自分の相続分が移転する相手を指定できません。
長男1/3、長女1/3、次男1/3 ➡ 長男1/2、次男1/2
3-2 後順位の相続人への影響
相続分の譲渡の場合、後順位の相続人に影響はありません。
これに対し、相続放棄の場合には、同順位の相続人がいなければ後順位の相続人に相続権が移ります。たとえば一人っ子が親の相続人になったときに相続放棄すると、祖母や祖父が相続人になります。相続分の譲渡なら祖父母は相続人になりません。
3-3 一部の相続分のみを譲渡できる
相続分の譲渡の場合、一部の相続分の譲渡が可能です。
これに対し一部の相続放棄はできず「全部」放棄する必要があります。
3-4 熟慮期間を過ぎていても譲渡できる
相続分の譲渡の場合、特に期間制限はありません。(ただし遺産分割協議の成立までにする必要はあります。)
これに対し相続放棄の場合「相続開始を知ってから3か月以内」に家庭裁判所への申立てを行う必要があります。
3-5 裁判所での手続きが不要
相続分の譲渡の場合、当事者間の合意のみによって行うことができます。
(当然、トラブル防止のため譲渡証書など書面を残しておくことがベストです。)
これに対し、相続放棄するときには、家庭裁判所で「相続放棄の申述」という手続きをしなければなりません。
相続放棄について詳しく知りたい方は次の記事をご参考にしてください。
また、相続分の譲渡か相続放棄か、どちらを選択すればいいか判断に困る場合は、ぜひご相談くださいませ。
4章 相続分の譲渡の手続方法
相続分の譲渡は、当事者間の合意で有効に成立しますが、トラブルを防止するため、次のような手順ですすめるのがベストです。
【相続分の譲渡の手続き方法】
STEP①譲渡人と譲受人で相続分譲渡の合意
STEP②相続分譲渡証書を作成しよう
STEP③相続分譲渡通知書を作成しよう
STEP④相続分譲渡通知書を発送しよう
それでは順番に確認していきましょう。
STEP① 譲渡人と譲受人で相続分譲渡の合意
相続分を譲渡するときには、譲渡人と譲受人が話し合いをして譲渡の条件を決定します。
相続分の全部なのか一部なのか、有償なのか無償なのか、しっかり話し合って合意しましょう。
STEP② 相続分譲渡証書を作成しよう
合意できたら、必ず「相続分譲渡の証明書」を作成しましょう。相続分譲渡の証明書を「相続分譲渡証書」や「相続分譲渡証明書」ともいいます。この書面がないと他の相続人に相続分の譲渡が行われたことを説明できませんし、不動産登記の際にも必要です。
相続分譲渡証書は、譲渡人と譲受人が自分たちで必要事項を記入して署名押印すれば完成します。実印で押印して双方の印鑑証明書を添付しましょう。
STEP③ 相続分譲渡通知書を作成しよう
相続分を譲渡したら、譲渡したことを他の相続人に知らせるための「相続分譲渡通知書」を作成しましょう。これは、譲渡人が他の相続人へ「相続分を譲渡しました」と知らせる通知書です。これにより他の相続人は「譲受人が相続分を取得した」と知ります。
また、譲受人が第三者の場合は、この第三者を交えて遺産分割協議を行うか相続分の取り戻し請求をするか選択できます。
STEP④ 相続分譲渡通知書を発送しよう
相続分譲渡通知書を送るときには、記録の残る「配達証明付き内容証明郵便」を利用しましょう。内容証明郵便を使うと郵便局と差出人の手元に日付入りの控えが残り確実に証拠を残せます。
配達証明を使うといつ相手に郵便が送達されたのかも明らかになるので、不着などの余計なトラブルを避けられます。
5章 不動産の相続分を譲渡したときの登記手続き
相続分譲渡が行われたとき、遺産の中に不動産が含まれていると「相続登記」(名義変更の手続き)が必要です。相続登記の方法は、相続分譲渡の相手方が他の相続人か第三者かどうかで異なります。
それでは相続分譲渡の相手方が他の相続人なのか第三者なのかで、どのように手続きが変わるのか確認しましょう。
5-1 相続分譲渡の相手方が「他の相続人」の場合
相続分の譲渡の相手方が他の相続人(共同相続人)の場合は、その後に行われた遺産分割協議の結果を直接登記することができます。この場合、登記手続きは1回で済みます。
例えば、子供3名(長男、長女、次男)が相続人の場合、長女が長男に相続分の全部を譲渡すると、遺産分割協議の当事者は長男と次男の2名になります。そして遺産分割協議の結果、長男が不動産を取得することになれば、直接、長男名義へ相続登記することができます。
この相続登記には、「長女から長男への相続分譲渡証明書」と「長男と次男の遺産分割協議書」が必要書類の一部となります。
これに対して、相続分を譲渡する前に「先に法定相続分による相続登記」がされていた場合は、相続分の譲渡人から譲受人へ持分の移転登記を行うことになります。
例えば、子供3名(長男、長女、次男)の相続人へ、各1/3の法定相続分ですでに登記されているようなケースです。この場合は長女が長男に相続分の全部を譲渡すると、長女から長男への1/3持分移転登記を行うことになります。
5-2 相続分譲渡の相手方が「第三者」の場合
相続分の譲渡の相手方が第三者の場合は、最初に法定相続分による相続登記(共同相続登記)を行い、相続人全員の共有名義にした後に、譲渡人から譲受人へ持分移転登記を行う必要があります。
例えば、子供3名(長男、長女、次男)が相続人の場合は、①相続人全員で法定相続分による相続登記②譲渡人から譲受人(第三者)へ持分移転登記の2段階で登記手続きを行う必要があります。
自分たちで法務局に行き何度も登記申請をするのは大変なので、負担になる場合にはお気軽に司法書士までご相談下さい。
6章 相続分の譲渡にかかる税金
相続分の譲渡をした場合にかかる税金の取扱いは、譲渡の相手方が「他の相続人」か「第三者」かで異なります。さらに「有償譲渡」か「無償譲渡」かでも変わるので、以下でそれぞれのパターンについてみていきましょう。
- 他の相続人に無償譲渡
- 他の相続人に有償譲渡
- 第三者に無償譲渡
- 第三者に有償譲渡
6-1 他の相続人に無償譲渡
他の相続人に相続分を無償譲渡した場合、譲渡人には何の税金もかかりません。
ただし、相続税の申告が必要な場合、譲受人である相続人は譲り受けた相続分も合わせて、相続税を算出し納付する必要があります。
譲渡人・・・何もなし
譲受人・・・相続税
6-2 他の相続人に有償譲渡
他の相続人に相続分を有償譲渡した場合、譲渡人と譲受人ともに相続税の申告を行う必要があります。
(遺産額が少なく、相続税がそもそもかからない場合は、有償無償かかわらず税金はかかりません。)
たとえば、相続分の譲渡の対価として、長男が長女に5,000万円を渡したとします。
この場合、長女の受領した5,000万円は、相続によって取得したという取り扱いになります。
また、相続分の譲渡を受けた長男は、自己の相続分から対価として渡した5,000万円を差し引いた金額が相続により取得した財産とみなされます。
よって、税務上はいわゆる代償分割が行われた場合と同様の取り扱いになります。
今回のケースでは、長男、長女ともに各5,000万円の財産を取得したものとして、相続税の申告を行うことになります。
譲渡人・・・相続税
譲受人・・・相続税
6-3 第三者に無償譲渡
相続税の申告が必要な場合、第三者へ譲渡した譲渡人は相続税を納付する必要があります。第三者への譲渡の場合、相続人としての地位は譲渡人に残るので、相続分を譲渡して実際に遺産承継しなくとも、相続税の申告を行う必要があります。これは無償譲渡でも有償譲渡でも同じです。
無償譲渡の場合、譲受人についても、対価を支払わずに相続分を得たことになるため、贈与税が課税されることになります。
譲渡人・・・相続税
譲受人・・・贈与税
6-4 第三者に有償譲渡
相続税の考え方については、有償無償問わず同じです。
違いとして、有償譲渡の場合は譲渡人に譲渡所得税がかかります。相続分を譲渡したことで得た対価について、所得税がかかるのです。
また、譲受人については、原則税金はかかりませんが、譲渡人への対価が不相当に低額な場合などは、贈与税が課税される場合があるので注意が必要です。
例えば、相続分の価値1,000万円だが、対価は100万円のような、対価が不相当に低額な場合。
譲渡人・・・相続税、譲渡所得税
譲受人・・・対価が不相当な場合は贈与税
まとめ
相続分の譲渡にはメリットもデメリットもあるので、充分に効果やリスクを理解して進める必要があります。不動産が含まれているときには、きちんと登記も行いましょう。
相続分の譲渡をしようか迷ったときには、一度専門家の意見を聞いておくと安心です。相続について疑問やお悩みを抱えていらっしゃるなら、お気軽に当法人までご相談下さい。