相続が発生し遺産総額が基礎控除を超えたとき、相続税が課税される場合があります。
相続税の基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算可能です。
すなわち、遺産が3,600万円以下のケースでは相続税は課税されず、実際に相続税の申告や納税が必要な人は例年10人に1人程度の割合です。
一方で、相続税は累進課税制度を採用しており、遺産が高額になればなるほど相続税の税率が上がります。
そのため、遺産が高額になるとそれだけ相続税の負担も重くなるので注意しなければなりません。
特に、遺産のうち不動産や株式など現金以外の財産の場合、相続税の納税資金が不足する恐れがあります。
相続税が支払えない場合は延納や物納、相続放棄などを検討しなければなりません。
本記事では、相続税を払えないとどうなるのか、払えない場合の対処法を解説します。
相続税の計算方法については、下記の記事で詳しく解説しているのであわせてご参考にしてください。
1章 相続税が払えないケース
土地や株式など現金以外の遺産が多いと、相続税の納税資金を用意できない恐れがあります。
相続税が払えないケースは、主に下記の3つです。
- 遺産のうち不動産や株式が占める割合が大きい
- 相続した不動産や自社株を売却できない
- 相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまらない
それぞれ詳しく解説していきます。
1-1 遺産のうち不動産や株式が占める割合が大きい
相続税は現金や預貯金だけでなく、不動産や株式などに対しても課税されます。
したがって、遺産のうち不動産や株式など現金以外の財産が多いと、納税資金を遺産から用意することが難しくなってしまいます。
特に、遺産のうちほとんどが不動産を占めるケースや相続人が自宅不動産のみを相続したケースでは、相続人自身の財産から相続税の納税資金を払わなければならない可能性があるのでご注意ください。
1-2 相続した不動産や自社株を売却できない
相続した不動産や株式などの売却がうまくいかない場合や売却できない事情がある場合には、相続税の納税資金を別途用意しておく必要があります。
不動産は買い手が見つからないと売却できませんし、株式に関しても相場の状況によっては売却すると損失を出してしまう恐れもあるでしょう。
他には、相続した不動産や株式に下記のような売りに出せない事情がある可能性もあります。
- 先祖代々の土地なので売却したくない
- 故人が経営していた会社の自社株で売却ができない
上記のような財産しか相続していない場合、自己資金から相続税を捻出しなければいけません。
特に、自社株を相続した場合は、会社の規模によっては評価額が高額となり、それによって相続税も高額となる可能性があるので注意しましょう。
株式の相続についてはこちらの記事をどうぞ
1-3 相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまらない
相続税の申告期限までに遺産分割協議が完了しないと、遺産から相続税を支払うことができません。
遺産分割協議とは、相続人全員で遺産の分割方法について話し合うことです。
遺産分割協議が完了していないと、故人名義の預貯金を解約することはできず、銀行口座が凍結されたままになってしまいます。
相続税の申告期限は「相続開始から10ヶ月以内」と決められており、遺産分割協議が完了していないなどの理由で延長することはできません。
2章 相続税を払えないとどうなる?
先ほどの章で解説した理由などで、相続税を払えない場合、無申告加算税や延滞税などのペナルティが発生します。
また、相続税を払えないでいると督促が行われ、最終的には財産を差し押さえられてしまう恐れがもあるのでご注意ください。
相続税を払えないと起きることは、主に下記の3つです。
- ペナルティが課される
- 督促を無視すると財産を差し押さえられる可能性がある
- 相続人の1人が相続税を支払えない場合は連帯義務となる
それぞれ詳しく解説していきます。
2-1 ペナルティが課される
相続税の支払いが遅れたり、申告をしなかったりした場合、無申告加算税や延滞税などのペナルティが課されます。
2-1-1 無申告加算税
相続税を期限までに申告しなかった場合、無申告加算税が課せられます。
無申告加算税の税率は、自主的に申告した場合と税務署に指摘を受けた後に申告した場合で下記のように税率が変わります。
申告時期 | 税率 |
自主的に申告した | 追加で納めた税金の5% |
税務調査後に申告した | 追加で納めた税金の15%(50万円以内) 追加で納めた税金の20%(50万円を超える部分) |
2-2-2 延滞税
相続税の納付が遅れると、延滞税がかかります。
延滞税の税率は、下記の通りです。
延滞期間 | 税率 |
納付期限の翌日から2ヶ月後まで | 年利7.3% |
納付期限の翌日から2ヶ月を経過した日以降 | 年利14.6% |
なお、延滞税の税率は原則であり、令和5年の税率は2.4%と8.7%となっています。
2-2 督促を無視すると差し押さえされる可能性がある
相続税を納税せず放置していると、税務署から督促が来ることがあります。
その督促すらも無視した場合、上記のペナルティを加算した相続税を財産や給与から差し押さえられる可能性が高くなります。
税務署などの公的機関は、裁判所の許可なしに差押えができるためです。
税務署から督促が来てしまった場合には、速やかに支払いましょう。
2-3 相続人の1人が相続税を支払えない場合は連帯義務となる
相続税は、取得した相続税の金額に応じて課税されます。
そのため、遺産分割協議の中で「自分は相続しなくてもいいよ」と合意した場合、原則として相続税を支払う必要はありません。
しかし、他の遺産を取得した相続人が相続税を支払えない場合、遺産を取得していない人に支払うよう通知が来る可能性があります。
これを「連帯納付義務」といいます。
なお、連帯納付義務は遺産を取得しすでに自分の相続税を納付した人に対しても発生するのでご注意ください。
「自分は遺産を取得していないのにおかしい!」「自分はもう相続税を支払ったのに!」と主張したとしても、支払い義務がある以上、支払いを怠ると罰則などを受けてしまいます。
遺産を取得するつもりがないのであれば、便宜上でも相続放棄の手続をしておくべきでしょう。
相続放棄をすれば最初から相続人ではなかった扱いになり、相続税の納付義務もなくなります。
3章 相続税を払えないときにすべき6つの対処法
相続税は現金一括納付が原則ですが、難しい場合は延納や物納も認められています。
相続税が払えないときには、下記の方法を検討しましょう。
- 延納する
- 物納をする
- お金を借りる
- 相続財産を売却する
- 相続放棄をする
- 相続税額分の遺産分割だけ先に行ってしまう
- 預貯金の仮払い制度を利用する
- 預貯金債権の仮分割の仮処分を利用する
それぞれ詳しく解説していきます。
3-1 延納する
相続税を一括納付することが難しい場合は、延納を選択すれば分割払いで支払えます。
延納すれば、最大約20年間で分割払い可能です。
ただし、延納している間は利子税が課税される点は注意しておきましょう。
利子税の税率は、延納期間や相続財産のうち不動産が占める割合などによって異なりますが、年0.2%〜1.3%程度です。
延納が認められるには、下記の要件を満たさなければなりません。
- 相続税額が10万円を超えていること
- 金銭で納付することが難しい事情があり、かつ、納付が難しい金額の範囲内であること
- 延納税と利子税の額に相当する担保を提供すること
- 相続税の申請期限以内に、延納申請書と担保提供関係書類を税務署に提出すること
相続税を支払えるだけの資産がある場合には、延納制度を利用することはできません。
なお担保については、延納税額が100万円以下かつ、延納期間が3年以下である場合には不要です。
3-2 物納をする
延納をしても相続税を払うことが難しい場合は、不動産や株式などによる「物納」を認められています。
ただし、物納で納められる財産は相続したものに限られ、相続人がもともと所有している財産で納めることはできません。
加えて、物納する際の評価額は相続税評価額で評価されるため、時価より低い価格になります。
不動産であれば、小規模宅地等の特例を利用した宅地に関しては、特例で減額した後の評価額となります。
そのため、物納するよりも売却して現金で納税するほうが良いケースがほとんどであり、利用するには慎重に検討する必要があるでしょう。
3-3 お金を借りる
他の相続人からお金を借りられるようであれば、一時的に立て替えてもらうのも選択肢のひとつです。
なお、立て替えではなく、肩代わりして支払ってもらうと贈与税の対象となる恐れがあるのでご注意ください。
贈与とみなされないためにも、立て替えてもらう旨の借用書などを作成しておきましょう。
なお、相続税のために消費者金融からお金を借りることはおすすめできません。
消費者金融の金利は最大年18%であり、延納をする際の利子税よりも高額だからです。
消費者金融からお金を借りるくらいであれば、最初から延納制度を利用するほうが良いでしょう。
3-4 相続財産を売却する
相続した不動産や株式を売却して現金化できるのであれば、売却してしまうのも良いでしょう。
ただし、相続税の申告期限は相続開始から10ヶ月以内と決まっているため、相続財産を売却して納税資金を用意するなら計画的に売却活動をしなければなりません。
また、不動産の立地条件によってはなかなか買い手が見つからないこともあるでしょう。
加えて、不動産などの売却には譲渡所得税や手数料などがかかります。
それらを考慮し、手元に残る金額を計算して売却活動を行いましょう。
相続した不動産を売却する際には、故人から相続人へ名義変更手続きをすませなければなりません。
不動産の名義変更手続きは、法務局にて相続登記の申請を行う必要があります。
相続登記は自分でも行えますが、司法書士に数万円程度で依頼も可能です。
グリーン司法書士法人でも相続登記に関する相談をお受けしていますので、お気軽にお問い合わせください。
3-5 相続放棄をする
相続税の納税がそもそも難しいのであれば、相続放棄をすることも検討しましょう。
相続放棄をすれば相続権を手放すこととなりますので、相続税の納税義務もなくなります。
相続財産が将来的にも暮らす予定のない田舎の家や土地などであれば、相続してしまうと固定資産税や管理コストがかかり続けてしまいます。
将来的にかかる費用をなくすためにも、そもそも相続しないことも視野に入れましょう。
ただし、相続放棄するには自分が相続人であると知ってから3ヶ月以内に家庭裁判所で申立て手続きをしなければなりません。
相続放棄の申立て方法および必要書類は、下記の通りです。
提出先 | 故人の住所地を管轄する家庭裁判所 |
手続きする人 | 相続放棄する人(または法定代理人) |
手数料の目安 |
|
必要なもの |
など |
3-6 相続税額分の遺産分割だけ先に行ってしまう
相続人同士の関係が悪い、遺産分割しにくい財産がある場合には、相続税額分の遺産分割だけ先に行ってしまうのも良いでしょう。
例えば、預貯金だけ遺産分割し故人の銀行口座を解約してしまえば、相続税の納税資金を確保できます。
そして、不動産や株式など分割しにくい財産については、相続税の申告後に納得いくまで話し合うことも可能です。
3-7 預貯金の仮払い制度を利用する
相続税の申告期限までに遺産分割協議が完了しない場合は、預貯金の仮払い制度を利用して納税資金を用意するのも良いでしょう。
預貯金の仮払い制度とは、遺産分割協議が完了する前でも一定額まで故人の預貯金を引き出せる制度です。
預貯金の仮払い制度で引き出せる上限額は「相続発生時の預金残高×法定相続分×1/3」です。
ただし、ひとつの金融機関で引き出せる上限額は150万円なので、150万円を超える金額を引き出したい場合は複数の金融機関で手続きしましょう。
3-8 預貯金債権の仮分割の仮処分を利用する
預貯金の払戻し制度で引き出せる上限額以上の金額を引き出したい場合には、家庭裁判所に「預貯金債権の仮分割の仮処分」を認めてもらいましょう。
預貯金債権の仮分割の仮処分を認めてもらえれば、家庭裁判所で認められた金額まで故人の銀行口座を引き出せます。
預貯金債権の仮分割の仮処分の申立手続きや必要書類は、下記の通りです。
申立人 | 遺産分割調停もしくは審判の申立人またはその相手方 |
申立先 | 遺産分割調停もしくは審判事件の係属する家庭裁判所 |
申立費用 |
|
必要書類 |
など |
4章 相続税が払えなくなる事態を回避するための対策
本記事の2章で解説したように、相続税が払えないと最終的には相続人自身の財産も差し押さえられてしまう可能性があります。
遺された家族にかかる相続税の負担を減らすために、自分が元気なうちに納税資金を用意しておくなどの対策をするのがおすすめです。
相続税が払えない状況を回避するためにしておきたい対策は、下記の通りです。
- 生命保険を利用して資金を用意する
- 不動産以外にも現金を相続する
- 養子縁組をして相続人を増やす
- 賃貸不動産を建築する
- マンションを購入する
- 相続時精算課税制度を利用して不動産を贈与する
- 贈与時の控除・特例を利用して生前贈与をする
それぞれ詳しく解説していきます。
4-1 生命保険を利用して資金を用意する
相続税を支払えないのは、自宅不動産のみを相続したケースなど現金を相続できない状況がほとんどです。
現金を相続しない人を生命保険金の受取人にすれば、生命保険金を相続税の納税資金に充てられます。
ただし、生命保険金も「500万円×法定相続人の数」の非課税枠を超えると相続税の課税対象となるので注意が必要です。
4-2 不動産以外にも現金を相続する
相続が発生したら不動産や株式だけでなく、現金や預貯金も相続しましょう。
現金や預貯金を相続すれば、そこから相続税の納税資金を用意できます。
ただし、相続する現金があまりにも少額だと遺産総額に対する相続税をカバーできない恐れがあります。
そのため、相続税額をシミュレーションしておき、相応のお金を残しておきましょう。
4-3 養子縁組をして相続人を増やす
養子縁組をして相続人の人数を増やせば、それだけ相続税額を減らせます。
相続税の基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算するため、養子縁組により相続人が1人増えれば基礎控除額を600万円増やせます。
孫などを養子縁組することで、法定相続人を増やし基礎控除を増やすというのもひとつの手段です。
ただし、節税目的の養子縁組と判断された場合、基礎控除の人数に含まれない可能性があるので注意しなければなりません。
4-4 賃貸不動産を建築する
賃貸不動産は相続税評価額が市場価値のおよそ半額程度になるので、相続税の節税につながります。
自己利用の不動産でも評価額を下げる可能ですが、賃貸不動産のほうが相続評価額が低くなるので、賃貸アパート・マンションがおすすめです。
また、現金でアパートを建築するより銀行融資を受けて建築する方が、遺産の圧縮効果は高くなります。
なぜなら、銀行融資=借金なので、プラスの遺産額から借金額を控除することができるからです。
4-5 マンションを購入する
1棟の賃貸不動産を購入するだけの資金がないのであれば、ワンルームやタワーマンションの一室を購入し、賃貸にするもの良いでしょう。
ワンルームマンションやタワーマンションであれば、現金に比べ相続税評価額を3分の1程度に抑えることが可能です。
ワンルームやタワーマンションを購入する場合には、人気エリアなど需要のあるところで購入するのがおすすめです。
4-6 相続時精算課税制度を利用して不動産を贈与する
将来値上がりが予想される財産を生前贈与すれば、相続税をその分だけ節税できます。
不動産などまとまった財産を生前贈与するときには、相続時精算課税制度を利用すれば贈与税や相続税を節税可能です。
相続時精算課税制度とは、2,500万円までの贈与の贈与税を非課税とし、その代わりに相続発生時に贈与した財産に相続税を課税する制度です。
相続時精算課税制度を利用して贈与した財産は、贈与時の価値で相続税が計算されるため、相続時までに価値が上がる財産であれば節税効果があります。
また、賃貸不動産であれば贈与後は贈与を受けた人が賃貸の利益を得ることとなるため、本人の所得を減少し相続財産の増加も防げます。
これまで相続時精算課税制度を利用すると、毎年の贈与税の基礎控除額110万円は利用できませんでした。
しかし、2024年1月1日以降は相続時精算課税制度を選択した人にも毎年110万円の基礎控除額が与えられます。
相続時精算課税制度に基礎控除額が導入されたことにより、下記のメリットがあります。
- 毎年110万円以下の贈与であれば贈与税の申告および納税は不要
- 毎年110万円以下の贈与であれば贈与財産を相続税の加算対象に含めなくて良い
贈与者の年齢によっては毎年の基礎控除額を利用して贈与すれば、贈与税および相続税を大幅に節税できるでしょう。
制度改正により相続時精算課税制度を利用すべきかお悩みの人は、相続に精通した税理士に相談するのがおすすめです。
4-7 贈与時の控除・特例を利用して生前贈与をする
生前贈与には、以下のように様々な控除や特例があります。
控除・特例 | 概要 |
配偶者控除 | 配偶者に住宅や住宅取得のための資金の贈与を贈与した場合2,000万円まで非課税になる制度 |
教育資金の贈与の特例 | 子や孫の教育資金を贈与した場合1,500万円まで非課税になる制度 |
結婚・子育て資金の一括贈与の特例 | 子や孫の子育て・結婚資金を贈与した場合1,000万円まで非課税になる制度 |
住宅取得金の贈与の特例 | 子や孫の住宅取得資金を贈与した場合、最大1,500万円までが非課税になる制度 |
上記のような控除・特例を利用すれば、贈与税・相続税ともに課税されません。
使用目的は限られますが、生前贈与することで相続財産を減らし相続税を節税できます。
まとめ
相続税は現金一括納付が原則であり、遺産のうち不動産や株式が占める割合が多いと、相続税が払えない恐れがあります。
相続税が払えないと無申告加算税や延滞税が課されますし、督促を無視し続けると財産を差し押さえられる可能性もあるのでご注意ください。
相続税を払えないときには、延納や物納などを選択するのも良いでしょう。
ただし、延納や物納にはデメリットもあるため、相続財産の売却なども検討することが大切です。
なお、相続した不動産を売却する際には、事前に故人から相続人へ名義変更手続きをすませる必要があります。
相続登記は自分でも行えますが、司法書士に数万円程度で依頼も可能です。
グリーン司法書士法人では、相続手続きに関する相談をお受けしています。
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