遺産隠しとは、亡くなった人の財産を一部の相続人が隠してしまい、他の相続人と公平な遺産分割を行わないことです。
遺産分割前に相続人の一人が故人の預貯金を引き出している場合など、遺産隠しだと疑われトラブルになりやすいです。
相続人の一人が遺産隠しをしているのでは、と疑われるケースでは預貯金や不動産など故人の財産の種類や金額を調査してみるのがおすすめです。
万が一、遺産隠しが確実であるとわかった場合には、不当利得返還請求や遺産分割協議のやり直しなどで返還を要求しましょう。
本記事では、遺産隠しが疑われるケースや財産の種類別の調査方法、遺産隠しの予防方法などを紹介していきます。
相続発生時に起きやすいトラブルについては、下記記事でも詳しく解説しています。
目次
1章 遺産隠しが疑われるケース
相続人のうち一人が遺産を隠している、独占しようとしている場合には相続財産の動きに不自然な点があるケースも多いです。
具体的には、下記の際には遺産隠しを疑って詳しく調査や確認をしても良いでしょう。
- 遺産分割前に預金が引き出されている
- 相続人の一人が遺産の詳細を教えてくれない
- 他の相続人に内緒で生前贈与が行われていた
それぞれ詳しく解説をしていきます。
1-1 遺産分割前に預金が引き出されている
遺産分割協議や相続手続きが完了する前に、不自然に預金が引き出されているケースは遺産隠しを疑っても良いでしょう。
- 銀行口座が凍結される前に預金が引き出されている
- 故人が入院していたときなど預金を引き出せないタイミングでの出金記録がある
上記のように、預金の入出金履歴に納得できない場合、または手元に通帳がなくわからない場合には、詳しく調査することをおすすめします。
故人が口座を持っていた銀行がおおよそでもわかれば、司法書士や行政書士などの専門家や相続人が調査可能です。
一方で、故人がどこの銀行口座を所有していたかまったくわからない場合には、弁護士のみが調査できます。
また、同居家族などが入院費用や葬儀費用の支払い目的で故人の預金から出金した場合には領収書などを保管し、他の相続人に証明できるようしておきましょう。
1-2 相続人の一人が遺産の詳細を教えてくれない
年長者や同居家族など相続人の中で遺産分割協議を取りまとめている人物が、そもそも相続財産の全容を明らかにしないケースもあります。
「故人の遺品を整理したけど財産と呼べるものはほとんどなかった」と言っているものの納得できない場合には、詳細を確認してみましょう。
特に、相続権や遺産分割協議に詳しくないであろう以下の人物が相続人に含まれるときには注意が必要です。
- 未成年者
- 高齢者
- 障がい者
1-3 他の相続人に内緒で生前贈与が行われていた
相続発生後の財産管理に問題がなかったとしても、故人とが相続人の一人に内緒で生前贈与を行っている可能性もあります。
生前贈与を受けた相続人が贈与の事実をあえて明らかにすることは考えにくいので、他の遺産隠しよりも発覚しにくいのが特徴です。
なお、贈与者である故人が納得して行った生前贈与であれば、遺産分割の対象にはならず遺産隠しには該当しません。
生前贈与を無効にするのは難しいけれど、特定の相続人だけ多く財産を受け取り納得できないときには3章で解説する特別受益の持ち戻しなどで対応する必要があります。
一方で、贈与者が認知症などで判断能力を失っているにもかかわらず生前贈与が行われた場合には、贈与時の状況を確認し、贈与の無効を主張しましょう。
生前贈与を行う場合には、他の相続人とトラブルを避けるために贈与契約書の作成をする、現金手渡しでの贈与は避けるなどの対策をするのがおすすめです。
2章 【財産別】遺産隠しを調査する方法
続いて、遺産隠しが疑われる場合に財産の詳細を調査する方法を紹介します。
調査方法は、財産の種類によって異なりますので、下記についてそれぞれ詳しく解説していきます。
- 預貯金
- 上場株式や債券
- 不動産
- その他の財産
なお、1章で解説したケースの中でも生前贈与が行われていた場合や生前のうちに相続人の一部が預金を引き出していた場合などは、相続人が調査しても見つかりにくいです。
その場合には、弁護士などの専門家に依頼することもご検討ください。
2-1 預貯金を調査する方法
亡くなった人の相続人であれば、故人名義の銀行口座の残高証明書や入出金明細を発行できますし、貸金庫の契約状況も確認できます。
ただし、残高証明書の取り寄せや貸金庫の確認を行うためには、故人が利用していた銀行口座や支店に関する情報を把握しておなかなければなりません。
故人がどこの銀行を利用していたかわからない場合には、利用していそうな金融機関に問い合わせるところから始める必要があります。
2-2 上場株式や債権を調査する方法
証券会社で管理している上場株式や債券に関しては、相続人が証券会社に問い合わせれば預貯金同様に情報照会をしてもらえます。
故人が利用していた証券会社を特定できない場合には、証券保管振替機構(ほふり)に登録済加入者情報の開示請求を行いましょう。
2-3 不動産を調査する方法
不動産の所有者情報は法務局で確認できますが、調べたい不動産の住所地に関する情報が必要であり、遺産隠しが疑われるケースではすんなり情報を入手できない場合も多いです。
故人がどれだけ不動産を所有していたか調べたい場合には、市区町村役場で保管している固定資産税課税台帳や名寄帳を取り寄せて確認しましょう。
名寄帳とは、市区町村単位で発行している土地や家屋の情報をまとめた一覧表です。
取得方法および必要書類は、下記の通りです。
請求する人 |
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提出先 | 不動産所在地の市区町村役場の資産税課 (東京都23区の場合には都税事務所) |
費用 | 約300円程度 |
必要書類 |
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2-4 その他の財産を調査する方法
その他の財産や過去に行われた生前贈与の事実などを調査する際には、財産に関する情報だけでなく故人の当時の状況に関する資料も集めておきましょう。
具体的には、下記の資料があると故人が生前贈与時に判断能力を有していたかなどを調べられます。
- かかりつけ医が作成したカルテや診断書
- 要介護認定に関する資料
- メール履歴など生前の会話や本人の希望や意思がわかるもの
要介護認定については、故人の最後の住所地を管轄する市区町村役場で取得可能です。
3章 遺産隠しを見つけたときの対処法
調査の結果、相続人の一人が遺産隠しを行っていたことが発覚した際には、返還を求め正当な遺産分割協議を行うよう要求しましょう。
ただし、遺産隠しを行っていた人物に直接返還を求めても応じてもらえない可能性もあるでしょう。
遺産隠しを見つけたときには、下記の方法で財産の取戻しを要求しましょう。
- 不当利得返還請求権を行使する
- 遺産分割協議の無効・やり直しを主張する
- 生前贈与の無効を主張する
- 特別受益の持ち戻しを主張する
それぞれ詳しく解説していきます。
3-1 不当利得返還請求権を行使する
不当利得返還請求とは、不当に取られた利得を返してもらうよう請求することです。
遺産隠しによる不当利得返還請求を行う流れは、下記の通りです。
- 相手が遺産隠しをした証拠を集める
- 不当利得返還請求を行い、相手と話し合う
- 合意書を作成し返還方法を決める
- 当事者間で合意できない場合には不当利得返還請求訴訟を行う
不当利得返還請求を行う際には、通知内容と事実を証明できる内容証明郵便で送るのがおすすめです。
当事者間で遺産隠しに関する話し合いがまとまらなかった場合には、裁判所で不当利得返還請求訴訟を行うことも可能ですが、個人で行うことは現実的ではなく弁護士への依頼が必要になります。
3-2 遺産分割協議の無効・やり直しを主張する
遺産分割協議完了後に遺産隠しの事実が明らかになった場合には、遺産分割協議の無効およびやり直しを主張しましょう。
遺産分割協議のやり直しには相続人全員の合意が必要ですが、相続人の一人が遺産隠しを行っていたケースでは相続人全員の合意を得るのは難しいはずです。
そのため、遺産分割に関する重大な事実の誤解(錯誤)があったと主張し、遺産分割協議の取消を主張、訴訟を起こすことをご検討ください。
3-3 生前贈与の無効を主張する
生前贈与によって遺産隠しが行われていた場合には、生前贈与が有効かを調査します。
贈与者が認知症などで判断能力を失っているにもかかわらず行われた生前贈与に関しては、無効を主張し訴訟を起こしましょう。
生前贈与の無効を主張するためには、医師による診断書や介護者の報告書などが証拠として必要になります。
3-4 特別受益の持ち戻しを主張する
生前贈与時に贈与者が健康であり判断能力が備わっていた場合には、贈与の事実そのものを無効にすることは難しいでしょう。
その場合には、特別受益の持ち戻しにより公平な遺産分割を行うように主張できます。
特別受益とは特定の相続人が故人から特別に得ていた利益であり、相続時には特別受益で受け取った財産の一部を相続財産に含め相続分を計算可能です。
特別受益の持ち戻しは贈与の事実を証明する証拠を集め、遺産分割協議や遺産分割調停で主張できます。
4章 遺産隠しを予防する方法
遺産隠しが発覚した場合には訴訟や遺産分割協議、遺産分割調停などで返還を要求できます。
とはいえ、遺産隠しによるトラブルが発生した場合には、解決後も相続人同士の関係性は悪化し遺恨が残るでしょう。
相続人同士の関係性を良好なまま保つには、そもそも財産管理や相続対策の段階で遺産隠しが起きないように予防しておくことが大切です。
- 生前から適切な方法で財産管理をする
- 遺言書を作成しておく
- 認知症対策を行っておく
具体的には、上記の方法で遺産隠しを予防できます。それぞれ詳しく見ていきましょう。
4-1 生前から適切な方法で財産管理をする
遺産隠しを防ぐためには、自分で適切な方法で財産管理をしておくのが大切です。
- 通帳やキャッシュカードを他人に渡さない
- 信託契約を結ばずに財産の管理や運用、処分を任せない
- 暗証番号やパスワードを適切に管理する
上記のように財産を管理すれば、財産の所有者以外が自由に財産を扱いにくくなります。
高齢になって財産の管理が難しくなってきた、次の世代に管理を任せたい場合には家族信託も有効です。
家族信託であれば、財産の所有権はそのままで信頼できる家族に財産の管理や運用、処分を任せられます。
4-2 遺言書を作成しておく
遺言書を遺して自分が誰にどの財産を受け継ぐかを指定しておけば、遺産隠しは起きにくくなります。
遺言書で自分が所有していた財産の内容を記載しておけば、相続人全員が相続財産の状況を把握できるからです。
なお、遺言書にはいくつか種類がありますが、信頼性が高く紛失や改ざんリスクのない公正証書遺言のw作成がおすすめです。
4-3 認知症対策を行っておく
認知症などで判断能力を失ったときに誰にどのように財産管理をしてもらうかを事前に決めておきましょう。
健康状態が悪化したタイミングで家族に財産管理を任せると、権利や財産管理の範囲があいまいになりやすく相続人間のトラブルに発展しやすいからです。
特に、認知症になって判断能力を失ってしまうと相続対策や財産管理を行えなくなります。
認知症になる前から万が一に備え、財産管理方法を考えておきましょう。
- 遺言書を残す
- 任意後見制度を活用する
- 家族信託を利用する
- 生前贈与をする
5章 遺産隠しをした場合のペナルティ
ほとんどのケースでは、遺産隠しを行ったとしても罪に問われることはなく、ペナルティとして考えられるのは残りの相続人に不当利得を返還する際に利息分も上乗せするように裁判所に命じられる程度です。
ただし、一部の遺産隠しでは民事もしくは刑事でペナルティを受ける恐れがあります。詳しく解説していきます。
5-1 相続欠格になる可能性がある
遺産隠しが相続欠格事由に該当する場合には、遺産隠しをした相続人は相続権を失ってしまいます。
相続欠格とは、相続に支障をきたす犯罪行為や不法行為を行った人の相続権を強制的に剥奪することです。
相続欠格にはいくつかの要件がありますが、遺産隠しが相続欠格に該当するのは主に以下の場合です。
- 遺言書の偽装や変造、破棄、隠ぺいをした
- 脅迫や詐欺により遺言の撤回や取消、変更を妨害させた
- 脅迫や詐欺により遺言の撤回や取消、変更をさせた
なお、上記により相続欠格となった場合には同時に刑事罰の対象になる恐れもあります。
5-2 刑事罰を受ける恐れがある
故人の遺産を持ち逃げした、無断で使用した場合には窃盗罪、預かっている財産を不正に使用した場合には横領罪に該当する恐れがあります。
しかし、窃盗罪や横領罪は直系血族や配偶者、同居親族間では刑を免除されるので、遺産隠しをしていた相続人にこれらの刑事罰を与えるのは難しいでしょう。
一方で、脅迫罪は直系血族や配偶者、同居親族でも刑を免除されず、刑事罰の対象になる恐れがあります。
また、遺言書の破棄や偽造は、以下の刑事罰に問われる可能性があります。
遺言書の破棄 | 私用文書毀棄罪 | 5年以下の懲役 |
遺言書の偽造 | 有印私文書偽造罪 | 3ヶ月以上5年以下の懲役 |
6章 他の相続人から遺産隠しを疑われた場合の対処法
遺産分割協議の取りまとめをしていた場合や故人と同居していた家族の場合、他の相続人から遺産隠しを疑われる可能性もゼロではありません。
故人の遺品整理や死後の手続きをしているだけなのに、遺産隠しを疑われ嫌な思いをする人もいるでしょう。
遺産隠しを疑われない、疑いを晴らすために以下の対策をしておくことをおすすめします。
- 故人の財産に関する証拠を残しておく
- 弁護士に相談する
- 遺品や遺言書について相続人間で情報共有をする
それぞれ詳しく解説していきます。
6-1 故人の財産に関する証拠を残しておく
葬儀費用や入院費の支払いなど、故人が亡くなってから現金が必要になるタイミングは多いです。
故人の銀行口座が凍結される前であれば預金を引き出す、もしくは口座凍結後に預貯金の払い戻し制度を利用して支払いに充てる場合もあるでしょう。
故人の財産を使用して支払いを行った際には、必ず領収書や明細を受け取り管理をしておきましょう。
預金を引き出した目的が明確であれば、遺産隠しを疑われるリスクを減らせます。
6-2 弁護士に相談する
遺産隠しを疑い疑心暗鬼になっている相続人を説得するのは、正直なところ難しいです。
遺産隠しの疑いや相続トラブルが泥沼化してしまい、当事者間での解決が難しい場合には弁護士をはさんで話し合いを行うのがおすすめです。
6-3 遺品や遺言書について相続人間で情報共有をする
遺品や遺言書の有無や内容に関しては、相続人全員で情報を共有しましょう。
資産価値のない遺品だからといって、他の相続人に無断で持ち帰ってしまうと、トラブルになる可能性もありますし、別の遺産隠しまで疑われてしまいます。
なお、故人の自宅で遺言書を発見した際には相続人自らが開封するのではなく家庭裁判所での検認手続きが必要です。
相続人が間違って開封してしまった遺言書が無効になることはありませんが、残りの相続人から遺産隠しを疑われるきっかけになってしまいます。
7章 遺産隠しがあったときの注意点
遺産隠しがあったときには、当事者への返還請求や事実の調査で手いっぱいになってしまうことも多いです。
しかし、遺産隠しがあった際には相続税の修正申告が必要ですし、遺産隠しには消滅時効もあるので注意しましょう。それぞれ詳しく解説していきます。
7-1 相続分が変わったら相続税の修正申告をする
遺産隠しが発覚し無事に返還してもらい、適切な相続割合で遺産分割をやり直したときには、相続税の修正申告をしなければなりません。
遺産隠しに気付かないまま行っていた遺産分割協議よりも受け取れる財産が増えて、納めるべき相続税額も増えているからです。
なお、相続税の申告漏れがあった際には重加算税や延滞税などのペナルティが課されますが、遺産隠しが発覚したことによる相続税の修正申告は正当な理由として認められペナルティは課せられません。
7-2 消滅時効に注意する
遺産隠しの返還には消滅時効が存在します。
消滅時効を中断させるために、遺産隠しが確実であると判明した段階で内容証明郵便を送りましょう。
遺産隠しに関する時効はケースによって異なり、それぞれ下記の通りです。
遺産分割請求権の時効 | 消滅時効はなく、いつでも要求できる |
不当利得返還請求権の時効 |
|
特別受益の持ち戻しの時効 |
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まとめ
遺産隠しが疑われる場合には、故人の財産の種類や金額、故人の生前の状況や相続に関する意思を調査する必要があります。
万が一、相続人の一人が遺産隠しをしていることが確実な場合には、不当利得返還請求や遺産分割協議のやり直し、生前贈与の無効の主張などで正当な遺産分割を要求しましょう。
遺産隠しが行われていて返還を要求する場合には、個人で交渉しても泥沼化しやすいので相続トラブルに詳しい弁護士に相談するのがおすすめです。
また、そもそも遺産隠しを予防するには生前のうちから適切な財産管理をする、遺言書などで相続対策をしておくなどの方法が有効です。
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