相続放棄の手続きをするには、相続人自身に意思能力が備わっている必要があります。
逆に言うと、認知症で意思能力を失った人や知的障がい者、未成年者は意思能力がないとされ、自分で相続放棄の手続きを行えません。
認知症や知的障がい者、未成年者が相続放棄するには、成年後見制度の利用や法定代理人、特別代理人による相続放棄が必要です。
成年後見制度とは、認知症患者や知的障がい者のかわりに成年後見人が法律手続きや契約行為を行う制度です。
本記事では、相続放棄と意思能力の関係や成年後見制度を利用して相続放棄する際の注意点を解説します。
相続放棄については、下記の記事でも詳しく解説しています。
目次
1章 知的障がい者や認知症患者など意思能力がない人は相続放棄を行えない
本記事の冒頭でも解説したように、相続放棄の手続きには意思能力が必要です。
具体的には、下記に該当する人物は意思能力がないとされ、自分一人では相続放棄の手続きを行えません。
認知症などで意思能力を失った人 | 成年後見制度を利用して相続放棄する |
知的障がいなどで意思能力がない人 | 成年後見制度を利用して相続放棄する |
未成年者 | 親権者などの法定代理人もしくは特別代理人が相続放棄する |
上記にあたる人物が相続人になり、相続放棄が必要になったときには成年後見制度や特別代理人の選定が必要です。
成年後見制度とは、認知症や障がいなどにより意思能力を失った人のかわりに成年後見人が法律手続きや契約行為を行う制度です。
特別代理人は、相続人になった未成年者のかわりに遺産分割協議への参加や相続放棄の手続きを行います。
未成年者の法的手続きは通常であれば、親権者が法定代理人として行えます。
ただし、相続時に親権者と子供の両方が相続人になっている場合には、親権者が法定代理人として未成年者の手続きを行えません。
親権者と子供両方が相続人になっているときには、利益相反になっていると考えられるからです。 親権者と子供の両方が相続人となっている場合には、特別代理人を選任し、未成年者のかわりに相続放棄の手続きなどを進めていく必要があります。
2章 意思能力のない人が相続放棄するには成年後見制度を利用する
本記事の1章で解説したように、認知症や知的障がいなどで意思能力がないと診断された人が相続放棄するには、成年後見制度の利用が必要です。
成年後見制度とは、認知症や知的障がいなどで意思能力がない人のかわりに、成年後見人が法律手続きや契約行為をする制度です。
成年後見制度について詳しく解説していきます。
2-1 成年後見制度とは
成年後見制度とは、認知症や知的障がいによって意思能力が不十分な人が、生活をする上で不利益を被らないよう、「成年後見人」が本人の代わりに適切な財産管理や契約行為の支援を行うための制度です。
上記のように、成年後見制度は、下記の2つに分かれています。
法定後見制度 | すでに意思能力が不十分な人が利用できる制度 |
任意後見制度 | 将来、意思能力が不十分になったときのために任意後見人を用意しておく制度 |
認知症や知的障がいなどですでに意思能力を失っている人は、法定後見制度を利用します。
ただし、一般的には法定後見制度のことを成年後見制度と呼ぶケースが多いです。
本記事でも、法定後見制度ではなく成年後見制度の名称で解説します。
成年後見制度を利用すれば、意思能力がなく自分では相続放棄の手続きができない人も、成年後見人がかわりに相続放棄をしてくれます。
2-2 成年後見人になれる人物
成年後見人になるためには特別な資格は必要なく、下記に該当しない人物であれば誰でもなることが可能です。
- 未成年者
- 破産者
- 行方不明者
- 家庭裁判所から法定代理人などを解任されたことがある人
- 本人に対して裁判をしたことがある人、その配偶者と直系血族
- 不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある人
そのため、認知症や知的障がい者の家族や親族が成年後見人になることも認められています。
ただし、家族や親族が成年後見人になって相続放棄の手続きをしようとしたときに、後見人も相続人だと利益相反になってしまうので手続きできない点に注意が必要です。
認知症や知的障がいの人のかわりに成年後見人に相続放棄の手続きをしてもらうことが目的であれば、成年後見人は司法書士や弁護士などの専門家に依頼するのが良いでしょう。
成年後見制度の申立て時に、家族や親族などを成年後見人候補者として挙げられますが、最終的に成年後見人を選任するのは家庭裁判所です。
立候補した成年後見人候補者以外の第三者(司法書士や弁護士)などが選任されるケースも増えてきています。 家族や親族が成年後見人候補者として立候補するときには、この点にも注意しておきましょう。
2-3 成年後見制度の申立方法
成年後見制度の利用を開始するには、家庭裁判所に申立て手続きを行う必要があります。
また、申立て時には医師の診断書を始めとする様々な書類を用意しなければなりません。
申立て方法と必要書類は、それぞれ下記の通りです。
申立てできる人 | 本人 配偶者 4親等内の親族 市区町村長 |
申立て先 | 本人の住所地を管轄する家庭裁判所 |
申立て費用 | 申立て費用:800円 登記費用:2,600円 郵便切手代:約3,200~3,500円程度 司法書士への依頼費用:10~20万円 |
必要書類 |
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2-4 成年後見制度の申立で相続放棄の期限は延長される
相続放棄の期限は「自分が相続人であることを知ってから3ヶ月以内」と決められています。
認知症や知的障がいなどで本人に意思能力がない人は、そもそも自分が相続人になったことがわからない状態と判断されます。
そのため、相続放棄の期間が開始されません。
一方で、認知症や知的障がいの人が成年後見制度を利用した場合には、相続放棄の期限が「成年後見人が選任され、後見人が被後見人が相続人になったことを知ってから3ヶ月以内」となります。
また、認知症や知的障がいの症状が軽く本人に意思能力があると判断されるケースで、相続放棄の期限までに手続きが間に合いそうにない場合には家庭裁判所に期限の延長を申立て可能です。
相続放棄の期限の延長を申立てる方法および必要書類は、下記の通りです。
申立てできる人 | 相続放棄する人 |
申立て先 | 亡くなった人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所 |
申立て費用 | 800円 |
必要書類 |
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3章 成年後見人が相続放棄するときの注意点
認知症や知的障がいの人のかわりに成年後見人が相続放棄するときには、いくつか注意しなければなりません。
まず、成年後見人は制度利用者本人の利益のために行動します。
そのため、故人が財産より借金を多く遺して亡くなったケース以外では、そもそも成年後見人が相続放棄しない可能性もあります。
また、家族や親族が成年後見人となり相続放棄する場合には、利益相反に注意しなければなりません。
それぞれ詳しく解説していきます。
3-1 成年後見人が相続放棄するとは限らない
成年後見人は制度利用者本人(被後見人)の利益のために行動します。
そのため、被後見人と他の相続人との間で被後見人が相続放棄すると決めていたとしても、成年後見人が相続放棄の手続きをしない可能性があるのでご注意ください。
具体的には、成年後見人は故人が遺した財産によって以下のように行動します。
故人が遺した資産・負債 | 成年後見人の行動 |
プラスの財産より借金が多い | 相続放棄する |
プラスの財産より借金が少ない | 相続放棄しない |
例えば、「生前、故人と同居し世話をしてくれた長女がすべて財産を相続し、残りの相続人は相続放棄しよう」と約束をしていたとします。
このような相続人間の約束があっても、成年後見人は被後見人にとって相続放棄のメリットが少ないと判断すれば、法定相続分での遺産分割を主張するでしょう。
故人の希望通りもしくは相続人それぞれが納得できる遺産分割を行うためには、生前のうちに相続対策をしておくのが重要です。
上記のケースでは、長女が故人と同居をし世話をするとわかった段階で、故人が「長女に財産を遺す」と書いた遺言書を作成すれば、相続人の一人が成年後見制度を利用したとしても遺産分割のトラブルには発展しにくくなります。
相続対策には複数の方法があり、資産状況や遺産分割の希望によって取るべき対応が変わってきます。
相続に詳しい司法書士や弁護士であれば、ベストな相続対策を提案できますので、お気軽にお問い合わせください。
3-2 成年後見人=相続人のケースでは相続放棄の順番に注意する
2章で解説したように、成年後見人になるには特別な資格は必要なく、家族や親族でも立候補可能です。
ただし、故人の相続人にあたる人物が成年後見人になったときには、相続放棄の順番に注意しなければなりません。
例えば、下記のケースでは成年後見人も被後見人も相続人にあたります。
【条件】
- 子供が認知症の母の成年後見人になった
- 父が亡くなり、母と子供がそれぞれ相続人となった
相続放棄の順番 | 手続きできるか |
母の相続放棄後に子供も相続放棄する | できない |
子供の相続放棄後に母の相続放棄をする | できる |
母と子供が同時に相続放棄する | できる |
相続人同士は利益相反にあたるので、子供が相続人の立場でいる間は母の成年後見人として相続放棄を行えません。
認知症や知的障がいの相続人のかわりに相続放棄することが目的で成年後見制度を利用するのであれば、トラブルを避けるために相続放棄に詳しい司法書士や弁護士に成年後見人になってもらうのが良いでしょう。
まとめ
相続放棄は意思能力が備わっていないと、手続きできません。
認知症や知的障がい者で意思能力がない人が相続放棄をするには、成年後見制度を利用しましょう。
成年後見制度を利用すれば、成年後見人がかわりに相続放棄の手続きをしてくれます。
ただし、成年後見人は被後見人の利益を第一に行動するので、必ずしも相続放棄するとは限りません。
また、成年後見人と被後見人の両方が相続人になっている場合には、利益相反に当たらないように相続放棄の順番に注意する必要があります。
相続放棄は期限が決まっている手続きですし、相続や法律に関する知識や経験がないと判断が難しい部分もあります。
自己判断で手続きを進めた結果、裁判所に相続放棄を認めてもらえなかったなんてならないようにしましょう。
相続放棄を考えている場合には、相続に詳しい司法書士や弁護士に相談するのがおすすめです。
グリーン司法書士法人では、相続放棄に関する相談をお受けしています。
初回相談は無料、かつオンラインでの相談も可能ですので、まずはお気軽にお問い合わせください。
よくあるご質問
認知症の人の相続放棄の期限とは?
相続放棄の期限は「自分が相続人であることを知ってから3ヶ月以内」と決められています。認知症や知的障がいなどで本人に意思能力がない人は、そもそも自分が相続人になったことがわからない状態と判断されます。
したがって、認知症の人の相続放棄の期限は「成年後見人が選任され、後見人が被後見人が相続人になったことを知ってから3ヶ月以内」となります。認知症の人が相続人になったらどうすべき?
認知症の人は判断能力がないため、遺産分割協議への参加や相続放棄の申立てを行えません。
成年後見制度の申立てをして、成年後見人に相続手続きを行ってもらう必要があります。