少子高齢化などの影響により、中小企業の経営者の高齢化や後継者不足に関する問題は年々深刻化しています。
後継者不足に悩まされないようにするには、早い段階で後継者選びや育成、事業承継について考えて準備することが大切です。
事業承継には5~10年程度の準備が必要とされているため、「自分にはまだ早い」と思うのではなく、余裕を持って計画を立てましょう。
また、自分に万が一のことがあったときに後継者や家族、従業員、取引先が困らなくてすむように遺言書の作成など相続対策を行っておくことも肝心です。
本記事では、事業承継を考え始めた経営者向けに、後継者選びや事業承継時に起きやすいトラブル、行うべき相続対策を解説します。
事業承継については、下記の記事でも詳しく解説しているのでご参考にしてください。
目次
1章 事業承継を成功に導くための第一歩
事業承継には5〜10年程度の準備が必要とされており、後継者に経営をスムーズに引き継ぐには、計画を立てひとつずつ実行していくことが大切です。
本章では、事業承継計画の立て方を解説します。
1-1 事業承継計画の立て方
事業承継計画とは、5〜10年程度の中長期的な経営方針や目標などに加え、事業承継に関する内容をまとめたものです。
- 時期
- 課題
- 具体的な行動内容
事業承継計画は現経営者だけでなく後継者も一緒に作成し、経営状況や今後の方針、目標を可視化していくことが大切です。
事業承継計画の形式に決まりはありませんが、中小機構HPでは無料でダウンロードできるテンプレートを用意しています。
なお、経営者と後継者のみで事業承継計画を立てると、税務面や法的手続きに不備があっても気付きにくいので、税理士などの専門家に相談しながら進めることをおすすめします。
1-2 必要な法的手続きの概要
「事業承継を考えたい」「後継者を見つけないと」と考えていても、イメージが漠然としていて必要な手続きや流れを把握していない人も多いのではないでしょうか。
事業承継を行う際には、下記の手続きが必要です。
- 事業承継の方針や後継者の決定
- 次期後継者へ自社株を贈与、売却
- 登記手続(役員に変更があったときや不動産の名義が変更されたとき)
手続きそのものを経営者や後継者が行う可能性は低く、実際の手続きは専門家に任せるケースが多いはずです。
しかし、事業承継の流れを把握するためにも、いつどんな手続きが必要なのかは理解しておくと良いでしょう。
1-3 事業承継時の心理的障壁とその克服法
事業承継について計画を立て取り組むべきと理解しているものの、計画の立案や後継者選びに積極的になれない経営者は多いです。
経営者が事業承継に前向きになれない理由には、以下が考えられます。
- 現在の仕事が楽しく、自分が一線から退くイメージを持てない
- 責任感が強く、経営の問題を解決してから後継者に任せたいと考えている
- 仕事一筋だったため経営を退いた後、誰にも相手にされなくなるのではと不安に思っている
- 後継者選びに悩んでいる、指名することに遠慮がある
上記のようにお悩みの経営者は、このまま事業承継をしないで放置し、自分に万が一のことが起きたケースを想像してみてください。
下記の関係者に多大な影響を与え、あなたが大切にしている会社や事業自体も維持できなくなる可能性すらあります。
- 家族
- 従業員
- 顧客
- 取引先
「自分が始めた会社だから、自分の自由にしてよい」と思ってしまうこともあるかもしれませんが、事業が大きく成長すればするほど関係者は増え、事業を継続させる意義や責任が大きくなります。
経営者としての自覚を持ち、自分に何かあったときにも会社が崩れない仕組みを作っておくべきだと理解しましょう。
2章 家族経営から次世代へのスムーズな移行方法
事業承継や後継者選びを考えたとき、親族内継承と親族外承継の2種類に分けられます。
本章では、親族内承継のメリットや注意点について詳しく解説します。
2-1 親族内承継のメリットと注意点
家族経営をしてきた場合、後継者も信頼できる親族の中から選びたいと考える経営者も多いのではないでしょうか。
親族内承継のメリットおよびデメリットは、下記の通りです。
メリット |
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デメリット |
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親族内承継は税制面で優遇されやすい、関係者や従業員の理解を得やすいなどのメリットがあります。
一方で、個人保証や契約上の責任も後継者が受け継ぐなどのデメリットも理解しておきましょう。
特に、近年では中小企業の後継者不足が深刻になっています。
「息子が跡を継ぐだろう」「他の家族も納得するだろう」などと経営者が一方的に決めるのではなく、後継者の意思確認や相続対策を早い段階から行うのが非常に大切です。
2-2 事業承継税制の活用と節税対策
事業承継では、経営者から後継者に自社株を相続、贈与した際に税負担が重くなってしまう場合があります。
後継者が納税資金を用意できず、事業承継が進まなくなることを避けるために事業承継税制の活用も検討しましょう。
事業承継税制を利用すれば、現経営者から後継者が自社株を受け継いだ際に、本来支払うべき相続税や贈与税を猶予してもらえます。
事業承継税制の適用要件は、下記の通りです。
先代経営者の要件 |
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後継者の要件 |
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会社の要件 |
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要件を満たしているかの判断に迷う場合は、事業承継税制の手続きを行う場合は、税理士に相談するのがおすすめです。
3章 後継者の選定:企業文化を守りつつ新風を
中小企業の後継者不足が深刻になっている中で、家族や親族の中で後継者になってくれる人物が見つからない可能性もあるでしょう。
その場合は、親族外承継も検討する必要があります。
親族外承継のメリットやデメリットは、下記の通りです。
メリット |
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デメリット |
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親族外承継も視野に入れれば、後継者候補の選択肢を増やせます。
一方で選択肢が増える分、後継者を選ぶ基準を明確にする必要がありますし、後継者育成の方法にも気を配る必要があります。
本章では、親族外承継も視野に入れた場合の後継者選びの基準や育成方法を解説します。
3-1 適切な後継者の条件とは
親族外承継を考えた場合、親族内承継と比較して後継者の選択肢が増えるはずです。
選択肢が増えすぎて後継者選びに悩むことを避けるために、後継者の基準を設定しておくと良いでしょう。
具体的には、下記の条件が考えられます。
- 事業を継ぐ情熱、ビジョンがある
- 人間的魅力や倫理観を備えており、従業員や取引先の理解を得やすい
- 事業に関しての経験、実績が豊富である
- リーダーシップや決断力に優れている
上記のすべてを満たす完璧な後継者はすぐに見つからない可能性があります。
また、条件に合致した後継者がいたとしても、従業員と合うかどうかやリーダーシップの有無に関しては実際に後継者育成をして判断する必要があるでしょう。
後継者の育成方法について、詳しく解説していきます。
3-2 後継者の育成計画
親族外承継を検討する場合は、後継者の育成を中長期的に行なっていく必要があります。
中小企業の場合、筆頭株主である経営者がリーダーシップを発揮することや高い経営能力を求められる傾向があるからです。
そのため後継者候補を決定したら、数年かけてリーダーシップや経営能力を養うための育成をしていかなければなりません。
場合によっては、現場の第一線で働くときは高いパフォーマンスを発揮するものの、経営者には向かないなどのケースも考えられます。
もしくは、経験や実績を重視し外部の人間を後継者に招きいれようとしたが、従業員の信頼を得られない、社風に合わず上手くいかない恐れもあるでしょう。
後継者育成が上手くいかなかったときのリスクも考慮し、複数の候補者を育成するなどの工夫も大切です。
3-3 家族以外からの後継者選定のアプローチ
親族外承継を考えた場合、自社の役員や従業員の中から後継者を選ぶのが従業員や取引先の理解も得やすいでしょう。
役員や従業員であれば、これまでの勤務を通じて人柄や能力を把握しやすいのもメリットです。
一方で、経営者の交代とともに自社に新しい風を吹かせたい、新規事業に挑戦したい場合は外部から後継者を招くのも選択肢のひとつです。
これまで培った人脈を頼りに後継者を探すだけでなく、M&A仲介業者やマッチングサービスを利用して条件に合う後継者を見つけましょう。
4章 相続税対策としての事業承継
事業承継について考えるときは、後継者選びや従業員、取引先の理解を得るなども重要ですが、相続税対策や贈与税の節税も意識しておかなければなりません。
経営者から後継者に自社株を相続、贈与するときには、税負担が重くなることが予想されるからです。
少しでも税負担を抑えるために、事業承継前から自社株の引き下げ対策を行いましょう。
具体的には、下記の対策を行えば会社の利益や純資産を減らせ、自社株の評価額も下げられます。
- 先代経営者に退職金を支払い、会社の純資産を減らす
- 役員報酬を引き上げ、会社の利益や純資産を減らす
- 定期配当金を引き下げ、特別配当金を支払う
- 不動産を購入する
- 事業承継前に設備投資を行い、除却損を計上する
- 不良債権を処分し貸倒損失を計上する
- 高利益・評価部門を子会社として分離させておく
- 損金計上できる生命保険に加入しておく
なお、自社株の相続税評価額の計算方法は複数あり、会社の規模によって適用される評価方法が変わってきます。
自社株の評価および自社株の引き下げ対策には、事業承継や税金に関する専門的な知識が必要ですので、税理士に相談しながら対策することが非常に大切です。
5章 事業承継でよくあるトラブルとその解決策
事業承継は自社株の譲渡や経営権の引継ぎなど大きなお金や権利が絡むため、後継者と他の相続人との間でトラブルが発生しやすいです。
トラブルが泥沼化すると、事業承継が上手くいかない可能性もあるのでご注意ください。
事業承継で起きやすいトラブル事例と解決方法を紹介します。
5-1 事業承継で起きやすいトラブルと解決方法
事業承継では、後継者不足や相続トラブルなど、下記のトラブルが起きやすいです。
トラブル例 | 解決方法・対処法 |
後継者不足や育成不足が起きる |
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相続トラブルが発生する |
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相続人が遺留分を主張する |
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派閥争いが発生してしまう | 後継者選びや事業承継について、役員や従業員に理解を得ておく |
事業承継に理解しない従業員が一斉退職してしまう | 後継者選びや事業承継について、役員や従業員に理解を得ておく |
後継者が納税資金を用意できない |
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事業承継後に経営不振に陥る |
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上記のように、起きうるトラブルには様々な種類があり、トラブルの対処法も変わってきます。
特に、派閥争いは会社資金の流出や従業員の一斉退職につながる恐れもあるので、役員や従業員の理解を得ながら事業承継や後継者選びをすることを意識しておきましょう。
また、後継者と後継者以外の相続人による相続トラブルは遺言書の作成や家族信託の活用など相続対策をしておけば、ある程度は回避できます。
遺言書の作成については本記事の6章、家族信託については本記事の7章で解説します。
5-2 対立を防ぐコミュニケーション戦略
事業承継によるトラブルを防ぐためには、経営者と後継者、相続人などの関係者によるコミュニケーションが非常に重要です。
経営者と後継者のみで事業承継を進めてしまうと、他の相続人や従業員、取引先が反発するリスクがあるからです。
具体的には、下記の方法でコミュニケーションを取る、事業承継の準備を進めていくのが良いでしょう。
- 経営者が遺言書を作成し、内容について後継者や他の相続人に説明し理解を得ておく
- 後継者選びや育成に時間をかけ、後継者に経営方針や社風を理解してもらう
- 従業員や取引先にも事業承継や後継者候補について話し、賛成を得ておく
事業承継は、現経営者が退いた後も事業を継続、発展させるために行うものです。
関係者の理解や賛同を得て、事業に協力してくれる体制を作ることも意識しましょう。
6章 遺言書と事業承継:あなたのビジョンを未来へ
中小企業の経営者は遺言書を作成し、不測の事態に備えておく必要があります。
遺言書を用意していないと、相続人全員で遺産分割協議を行い、誰がどの財産をどれくらいの割合で受け継ぐかを決定しなければならないからです。
遺言書がないと、後継者選びでトラブルが起きる恐れもありますし、後継者以外の相続人が平等な遺産分割を主張する可能性もあります。
会社経営者が作成すべき遺言書や作成時のポイントについて解説します。
6-1 遺言書が事業承継に果たす役割
会社経営者が亡くなったときには、遺産を相続人が平等に受け継いでしまうと、自社株や事業用資産の権利が分散されてしまい、経営判断の決定をしにくくなる恐れがあります。
そのため、経営者の相続対策では後継者に自社株や事業用資産を相続させることが重要です。
元気なうちに遺言書を作成しておき「後継者に株式や事業用資産を相続させる」と記載しておけば、相続トラブルの発生を抑えられますし、経営に必要な財産を後継者に集中させられます。
自分に何かあったときに従業員や取引先、顧客が困らなくてすむように、遺言書を作成しておくのが良いでしょう。
6-2 遺言書作成時の法的検討ポイント
経営者が遺言書を作成する際には、形式不備による無効リスクや遺言書の紛失や改ざんを防ぐために、公正証書遺言を作成するのがおすすめです。
公正証書遺言とは、公証役場にて公証人が作成してくれる遺言書であり、作成後は原本を公証役場にて保管してもらえます。
また、遺言書作成時には「全財産を後継者である長男Aに相続させる」などと記載すると、遺留分トラブルに発展する恐れがあります。
遺留分とは、亡くなった人の配偶者や子供、両親に認められる遺産を最低限度受け取れる権利です。
遺留分は遺言書の内容よりも優先されるので、上記の遺言を用意していたとしても、次男や長女など他の子供が長男に遺留分を主張する可能性はゼロではありません。
遺留分を主張された場合、遺産を多く受け取った人物は遺留分侵害額相当の金銭を支払う必要があります。
後継者が遺留分の支払いに悩まなくてすむように、遺言書作成時には相続対策や事業承継に詳しい司法書士や弁護士に相談するのが良いでしょう。
7章 あなたの会社を守る家族信託の活用法
経営者の相続対策は遺言書の作成だけでなく、家族信託も有効です。
家族信託とは、信頼できる家族に財産の管理や運用、処分を任せる制度です。
家族信託によって、自社株を後継者に信託すれば、後継者が自社株の管理を行えますし、かわりに議決権を行使してもらえます。
自社株の家族信託を行うメリットや手続きの流れについて、詳しく見ていきましょう。
家族信託の概要やメリット、デメリットについては、下記の記事で詳しく解説していますのでご参考にしてください。
7-1 信託と事業承継の組み合わせのメリット
家族信託によって、家族に自社株の管理、処分を任せれば、現経営者の認知症対策や相続対策を行えます。
経営者が元気なうちに家族信託の契約を結んでおけば、認知症に判断能力を失った後でも受託者が事業承継を進められます。
自社株を家族信託で管理するメリットは、主に下記の通りです。
- 委託者(所有者)のかわりに、受託者が自社株の管理や処分を行える
- 委託者や受託者のかわりに指図権者を設定すれば、指図権者が議決権を行使できる
自社株の家族信託では、受託者の他に指図権者も設定できるため、下記のように運用すれば、任意のタイミングで株式の議決権を現社長に引き継いでもらえます。
- 委託者:現会長(大株主)
- 受託者:現会長の長男
- 指図権者:現社長
7-2 信託設定の法的プロセスと運用
自社株を家族信託する際には、信託契約書の作成や会社法上の手続きが必要です。
具体的には、下記の流れで手続きを進めましょう。
- 家族信託を行う目的を考える
- 信託契約の内容を決める
- 信託契約の内容を書面にする
- 信託契約書を公正証書にする
- 会社法の手続きを行う
事業承継を目的とした自社株の家族信託は非常に複雑であり、次期後継者が誰かによって契約書に記載すべき内容も変わってきます。
経営者や後継者が信託契約書の内容を作成するのは現実的ではないので、事業承継や家族信託に精通した司法書士や弁護士に依頼することを強くおすすめします。
専門家であれば、家族信託や他の相続対策との比較や様々な事態を網羅した信託契約書の作成が可能です。
まとめ
中小企業の後継者不足は深刻化しており、経営者の高齢化も年々進んでいます。
事業承継には5~10年の準備期間が必要とされているため、元気なうちから後継者選びや育成、自社株の相続対策を進めなければなりません。
経営者の相続対策には複数の方法があり、後継者が誰か、他の相続人との関係性、相続財産によって取るべき選択が変わってきます。
経営者や後継者がこれらの判断を自分で行うことは難しいので、事業承継や相続対策に詳しい司法書士や弁護士に相談しながら進めていくのがおすすめです。
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