
- 遺言執行者が死亡した場合の法的な取扱い
- 相続開始前・就任前・就任後それぞれの違い
- 遺言執行者が死亡した際に相続人が負う義務
- 新たな遺言執行者の選任手続きの流れ
- 遺言執行者の死亡リスクに備える具体的対策
遺言書を作成する際、多くの方が「とりあえず長男を遺言執行者にしておこう」などと考えます。
しかし、「もし自分より先に長男が亡くなったら?」「遺言執行者が途中で死亡したら、遺言はどうなるのか?」と不安に思われる方も少なくありません。
遺言執行者は、遺言の内容を実現する中心的な役割を担います。
そのため、遺言執行者の死亡は相続手続きに直接影響を及ぼす重要な問題です。
もっとも、遺言執行者が死亡したからといって、遺言が無効になるわけではありません。
適切な対応をとれば、遺言内容は実現できます。
本記事では、「遺言執行者の死亡」というテーマについて、ケース別の取扱いから、相続人がすべき手続き、さらには事前にできる対策まで、司法書士の視点で体系的に解説します。
1章 遺言執行者が死亡したときの取り扱い
遺言執行者が死亡すると、その地位は当然に終了します。
遺言執行者の法的性質は、民法上の「委任」に類似すると考えられており、受任者が死亡すれば委任関係は終了するからです。
ただし、問題は「いつ死亡したか」です。
状況により法的な取扱いが大きく異なります。
1-1 相続開始前に遺言執行者が死亡した場合
これは、遺言者が亡くなる前に、指定されていた遺言執行者が先に死亡していたケースです。
この場合、相続開始時点で遺言執行者は存在しません。
法的なポイント
- 遺言自体は有効
- 遺言執行者の指定部分のみが効力を失う
- 遺言執行が必要な内容については、改めて選任が必要
たとえば、次のような遺言は執行者の関与が重要です。
- 不動産の名義変更(相続登記)
- 預貯金の解約
- 認知
- 相続人の廃除
- 遺贈の履行
対応方法
- 遺言に「予備的遺言執行者」の指定がある場合
→ その人物が就任します。 - 予備指定がない場合
→ 利害関係人が家庭裁判所へ「遺言執行者選任申立て」を行います。
公正証書遺言であっても、遺言執行者が死亡していれば当然に新たな選任が必要です。
1-2 相続開始後から就任前の間に遺言執行者が死亡した場合
遺言執行者は、指定されたからといって当然に職務が始まるわけではありません。
「就任を承諾する」ことで職務が開始します。
したがって、相続開始後であっても、承諾前に死亡した場合は、法的には未就任の扱いになります。
実務上の問題点
- 相続人が「遺言執行者がいる」と思い込み手続きを進めていない
- 金融機関が執行者の関与を前提にしている
- 不動産登記が止まる
この場合も対応は1-1と同様で、
- 予備的遺言執行者がいればその者が就任
- いなければ家庭裁判所へ選任申立て
となります。
1-3 相続開始後かつ就任後に遺言執行者が死亡した場合
最も実務的に影響が大きいのがこのケースです。
就任後に遺言執行者が死亡すると、その時点で職務は終了します。
① 地位は当然に消滅する
遺言執行者の地位は相続されません。
つまり、遺言執行者の相続人が自動的に後任になることはありません。
② 手続きは中断する
例えば、
- 不動産の名義変更途中
- 預金解約手続きの途中
- 遺贈財産の引渡し未了
といった場合、原則としてそこで手続きは止まります。
特に、登記が必要な場面で遺言執行者が死亡してしまったら、新たな執行者が選任されるまで登記が完了しないケースが多くあります。
③ 遺言の効力は失われない
重要なのは、遺言執行者が死亡しても、遺言自体は有効であるという点です。
あくまで執行者がいなくなるだけであり、遺言内容を実現する必要は残ります。
2章 遺言執行者が死亡した際に相続人がすべきこと
遺言執行者が死亡すると、その地位は当然に消滅します。
これは民法上、遺言執行者の職務が「一身専属的」な性質を持つためです。
もっとも、遺言執行者がいなくなったからといって、相続手続きが自動的に進むわけではありません。
むしろ、何も対応しないと手続きが完全に止まってしまうことになります。
特に、
- 遺贈がある場合
- 不動産の名義変更が未了の場合
- 預貯金解約手続きの途中である場合
などは、放置するとトラブルに発展する可能性があります。
ここでは、遺言執行者の死亡時における手続きの観点から、相続人や関係者が具体的に何をすべきかを整理します。
2-1 遺言執行者死亡の法的効果を理解する
まず大前提として押さえておくべきなのは、次の2点です。
① 遺言執行者の地位は相続されない
② 遺言自体は有効のまま残る
遺言執行者の相続人が、そのまま後任になることはありません。
例えば、「遺言執行者が弁護士だったが死亡した」「遺言執行者が長男だったが死亡した」という場合でも、その相続人が当然に職務を引き継ぐことはありません。
一方で、遺言の効力は維持されます。
つまり、「遺言を実現する必要」は残ったまま、執行者だけがいない状態になります。
この状態を放置すると、遺言内容の実現が困難になり、結果として相続人の間での紛争につながる可能性があります。
2-2 利害関係者への死亡通知
遺言執行者が就任後に死亡した場合、まず行うべきなのが関係者への通知です。
具体的には、
- 他の相続人
- 受遺者
- 金融機関
- 不動産会社
- 税理士
- 司法書士
- 法務局手続き関係者
などが該当します。
例えば、預金解約手続きの途中であれば、金融機関は遺言執行者の関与を前提に処理を進めています。
その人物が死亡しているにもかかわらず放置すれば、不正処理と疑われる可能性すらあります。実務上は関係機関への速やかな連絡が不可欠です。
2-3 保管資料・管理財産の整理と引き渡し
遺言執行者は、執行のために様々な資料や財産を管理しているのが通常です。
例えば、
- 被相続人の通帳・キャッシュカード
- 不動産の登記識別情報(権利証)
- 印鑑証明書
- 財産目録
- 遺言書原本
- 相続人の戸籍一式
- 受遺者とのやり取り書類
- 金銭出納帳
などです。
これらは、適切に整理し、新たな遺言執行者または相続人へ引き継ぐ必要があります。
特に注意すべきなのは、金銭管理です。
執行のために預かった金銭や、すでに払い出した金額については、明確な記録がなければ後日紛争の原因になります。
遺言執行者の相続人には、「急迫の事情がある場合に必要な処分をする義務(善処義務)」があるとされており、資料の保全や引き渡しはこの範囲に含まれます。
2-4 執行状況の確認と顛末報告
遺言執行者は、相続人に対して職務の経過および結果を報告する義務があります。
死亡により途中で終了した場合でも、
- どこまで執行が完了しているのか
- 未了の業務は何か
- 今後必要な手続きは何か
を明確にすることが重要です。
例えば、次のようなケースがあります。
- 不動産の所有権移転登記が未申請
- 預金の一部のみ解約済み
- 受遺者への引渡しが未了
- 相続税申告期限が迫っている
状況を正確に把握せずに新しい執行者を選任すると、手続きが重複したり、期限を徒過するリスクがあります。
2-5 遺言執行者の報酬請求の整理
遺言に報酬の定めがある場合、または家庭裁判所が報酬を定めている場合、問題となるのが報酬の扱いです。
ポイントは次の通りです。
- 報酬は「既に行った職務」に対応する部分のみ
- 全額が当然に発生するわけではない
- 執行者の相続人が請求主体となる
例えば、全体の執行業務のうち半分程度が完了していた場合、相当割合の報酬を請求できる可能性があります。
ただし、職務割合の評価は専門的判断を要します。
2-6 新たな遺言執行者の選任申立て
最終的に不可欠なのが、新たな遺言執行者の選任です。
遺言に予備的指定がなければ、利害関係人が家庭裁判所に申立てを行います。
申立ての概要
- 申立人:相続人、受遺者など
- 管轄裁判所:被相続人の最後の住所地
- 必要書類:戸籍謄本、遺言書写し、死亡診断書など
- 期間:数週間~数か月程度
裁判所は、利害関係や適格性を考慮して選任します。
なお、相続人どうしで対立がある場合は、第三者(司法書士・弁護士)が選任されることが一般的です。
3章 遺言執行者を指定する際の対策
ここまで解説してきたとおり、「遺言執行者の死亡」という事態は、決して珍しいものではありません。
特に、
- 遺言者が高齢である
- 遺言執行者として配偶者や長男など近親者を指定している
- 相続発生までに長期間が見込まれる
といったケースでは、遺言執行者が先に死亡する可能性は十分にあります。
もっとも、遺言執行者の死亡リスクは、遺言作成時の工夫によって大きく軽減できます。
ここでは、実務上有効とされる対策を体系的に解説します。
3-1 法人を遺言執行者に指定する
最も確実な対策のひとつが、法人を遺言執行者に指定する方法です。
3-1-1 なぜ法人指定が有効なのか
自然人(長男・配偶者・友人など)は死亡リスクを避けられません。
一方で、司法書士法人や弁護士法人などの法人は、組織として存続します。
担当者が変更されることはあっても、法人自体が死亡することはなく、解散・消滅もめったにありません。
そのため、
- 相続開始前に死亡しているリスクがない
- 就任後に手続きが途中で止まる可能性が極めて低い
- 長期にわたる執行でも安定性がある
という大きなメリットがあります。
3-1-2 実務上の具体例と注意点
例えば、次のようなケースでは法人指定が特に有効です。
- 不動産が複数あり、相続登記が複雑
- 受遺者が複数存在する
- 相続人の間に感情的対立がある
- 認知や廃除など、専門的判断が必要
もっとも、法人を指定する場合には、
- 報酬の定めを明確にする
- 事前に内諾を得ておく
- 遺言内容と整合性を取る
といった注意点があります。
無断で法人を指定すると、就任を拒否される可能性もあるため注意が必要です。
3-2 自分より若い人物を遺言執行者として指定する
ご家族を遺言執行者に指定する場合には、年齢差を意識することが重要です。
実務では、次のようなケースが少なくありません。
- 80代の遺言者が75歳の配偶者を指定
- 85歳の遺言者が80歳の兄弟を指定
このような場合、相続開始前に遺言執行者が死亡する可能性は現実的に高くなります。
息子などを執行者に指定するケースが一般的ですが、その子供が持病を抱えている場合や、遺言者と年齢差が小さい場合には、死亡リスクはゼロではありません。
また、相続人であり執行者でもあった人物が死亡した場合には、相続関係がさらに複雑化するといった問題も生じ得ます。
遺言執行者の指定にあたっては、年齢差、健康状態、居住地(遠方でないか)、事務処理能力などを総合的に考慮する必要があります。
単に「一番信頼しているから」という理由だけで決めるのではなく、実務遂行能力を重視することが重要です。
3-3 予備的遺言執行者を指定しておく
実務上、最も有効で確実な対策が予備的遺言執行者の指定です。
予備指定とは、遺言書の中で、
「Aを遺言執行者とする。Aが死亡・辞任その他の理由で就任できない場合は、Bを遺言執行者とする。」
と定める方法です。
この一文があるだけで、
- 相続開始前にAが死亡
- 相続開始後にAが辞退
- 就任後にAが死亡
といったケースでも、家庭裁判所に選任申立てをする必要がなくなります。
家庭裁判所への選任申立てには、
- 申立書作成
- 戸籍収集
- 裁判所の審理
- 数週間~数か月の期間
が必要です。予備指定があれば、これらを省略できます。
3-4 複数の遺言執行者を指定する場合の注意点
遺言では、複数の遺言執行者を指定することも可能ですが、それに伴うリスクもあります。
複数人を指定し、「共同して行う」と定めた場合、一人が死亡すると原則として全員での行為ができなくなり、結果として手続きが停滞する可能性があります。
そのため、
- 単独で執行できる旨を定める
- 補欠者を設ける
などの工夫が必要です。
3-5 定期的に遺言内容を見直す
遺言は一度作成して終わりではありません。
- 遺言執行者が高齢になった
- 健康状態が悪化した
- 家族関係が変化した
といった場合には、遺言内容を見直すことが重要です。
遺言は何度でも作り直すことが可能です(後の遺言が優先されます)。
5年〜10年に一度は内容を確認することが望ましいでしょう。
まとめ|遺言執行者が死亡しても、遺言は実現できる
遺言執行者が死亡した場合、その地位は当然に消滅します。
しかし、重要なのは次の点です。
- 遺言執行者が死亡しても、遺言そのものは無効にならない
- 適切な手続きを踏めば、遺言内容は実現できる
- 放置すると、登記・預金解約・遺贈の履行などが止まる可能性がある
特に、
- 相続開始前に死亡していた場合
- 相続開始後、就任前に死亡した場合
- 就任後、執行途中で死亡した場合
では対応方法が異なります。
就任後に死亡した場合には、
- 関係者への通知
- 管理資料の整理・引き渡し
- 執行状況の確認
- 報酬の整理
- 新たな遺言執行者の選任申立て
といった対応が必要になります。
遺言執行者の死亡リスクは「事前対策」で防げる
もっとも大切なのは、トラブルが起きてから対応するのではなく、遺言作成時にリスクを織り込んでおくことです。
具体的には、
- 法人を遺言執行者に指定する
- 自分より若い人物を指定する
- 予備的遺言執行者を定める
- 定期的に遺言内容を見直す
といった対策が非常に有効です。
特に、予備的遺言執行者の指定は実務上もっとも重要なポイントといえます。
こんな方は一度見直しをおすすめします
- とりあえず長男を遺言執行者にした
- 公正証書遺言を作ったが数年前のまま見直していない
- 遺言執行者が高齢になっている
- 相続人間に不安要素がある
遺言は「書いたから安心」ではありません。
確実に実行できる設計になっているかどうかが重要です。
専門家に相談するメリット
遺言執行者の指定方法は、家族構成や財産内容によって最適解が異なります。
司法書士や弁護士などの専門家に相談することで、
- 将来のトラブルを予防できる
- 家庭裁判所の関与を減らせる
- 相続人の負担を軽減できる
といったメリットがあります。
グリーン司法書士法人では、遺言書作成や遺言執行者の指定についてのご相談を承っております。
初回相談は無料、オンライン相談にも対応しておりますので、「遺言執行者が死亡したらどうなるのか不安」「今の遺言で本当に大丈夫か確認したい」という方は、ぜひ一度ご相談ください。









