特定の人物に多く財産を遺す遺言書を作成すると、相続人の遺留分を侵害する恐れがあります。
相続人による遺留分の請求を防ぐには、生前のうちに遺留分の放棄をしてもらうことも検討しましょう。
遺留分の放棄とは、名前の通り遺留分を請求する権利を失う手続きです。
相続放棄と異なり、遺留分の放棄は生前でも手続き可能です。
生前に遺留分を放棄してもらうことで、相続の際にトラブルが発生することを防げます。
この記事では、生前の遺留分放棄について解説しておりますので、ぜひご参考にしてください。
目次
1章 遺留分放棄は生前にしてもらうのがベスト
遺留分の放棄は「相続後」にするものだと思われがちですが、実は「生前」にもできます。
遺留分の放棄は以下の2通りの方法で行うことができます。
- 生前の遺留分放棄
- 相続開始後の遺留分放棄
(上記の遺留分の放棄方法について、詳しくは4章にて解説します。)
生前に遺留分放棄をしてもらっておけば、相続開始後に遺留分を請求される恐れはないので安心です。
1−1 遺留分によって生じうるトラブル
遺留分を巡っては、様々なトラブルが想定されます。
例えば以下のようなケースです。
【ケース①】被相続人に前妻との子がおり、その子に相続させないよう遺言書を作成したケース
被相続人の前妻との子も、現在の妻との子と同様に相続権があります。そのため、前妻との子には相続させないよう、遺言を作成することもあるでしょう。
しかし、遺言書で「前妻との子には一切の遺産を相続しない」と記載しても、前妻との子には遺留分を請求する権利があります。
そのため、相続開始後に、ほとんど面識のない前妻との子と遺留分で争いになる恐れがあります。
上記のようなケースのほか、遺留分に考慮して遺言を作成したにもかかわらずトラブルになるケースもご紹介いたします。
【ケース②】「長男には遺言で不動産を渡して、次男には生命保険で現金を遺す」といった遺言を遺したケース
このケースでは、なるべく相続内容が平等になるよう、「不動産」と「生命保険(現金)」で相続させる意向を被相続人が持っていました。
しかし、生命保険金は法律上相続財産に含まれないため、次男は「相続財産を承継していない」ということになります。
そのため、次男は長男に対して遺留分を請求する権利があります。
相続開始後に次男が長男に対して遺留分を請求したら、亡くなった方が子どもたちのために考えていたことが無駄になってしまいます。
それどころか、長男は不動産のみで現金を取得していないわけですから、自己資金から遺留分相当額を捻出し、支払わなければいけません。(遺留分は原則として、現金でしか支払いが認められていません。)
「生前に、こういう遺産の分配方法にすると話して、納得したじゃないか」と長男が主張しても、次男に遺留分を主張し続けたら支払わざるを得ないのです。
このようなトラブルが予想されるため、可能であれば遺留分の放棄は生前にしてもらっておくことをおすすめします。
2章 遺留分放棄を生前に行うメリット
生前に遺留分を放棄することには、「被相続人(亡くなった方)」「遺留分の請求権のある相続人」「遺産を受け取る予定の人」それぞれにメリットがあります。
被相続人 |
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遺産を受け取る予定の人 |
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遺留分の請求権のある相続人 |
|
ここでは、生前に遺留分放棄をするメリットについて詳しく解説します。
2−1 被相続人にとってのメリット
メリット① 自身の意向に沿った相続を実現できる
自身の意向に沿って遺言書を作成しても、相続人が遺留分を請求してしまうと、当初想定していた相続内容とは大きく変わってしまう可能性があります。
生前に遺留分の放棄をしてもらえば、相続開始後に遺言で遺産を受け取る人が遺留分を請求される心配はありません。
よって生前に希望した通りの相続を実現することができます。
メリット② 遺された家族が不要な争いをしなくて済む
前述したとおり、遺留分は相続トラブルの元となります。
自身の死後、大切な家族が遺産について揉めてしまうのは嫌ですよね。
生前に遺留分の放棄をしてもらえば、相続開始後に家族が遺留分について争う心配はありません。
2−2 遺産を受け取る予定の人にとってのメリット
メリット① 遺留分を支払わなくて済む
遺産を受け取る予定の方は、遺留分を気にせず、遺言のとおりに遺産を受け取ることができます。
不動産など、現金以外の遺産を受け取った場合でも、遺留分を請求されて自己資金を用意したり、不動産を売却して資金を捻出したりする必要はありません。
安心して遺産を受け取ることができるでしょう。
メリット② 不要なトラブルに巻き込まれずに済む
遺留分の請求を巡っては、争いが長期化し、何年も訴訟(裁判)が続ことがあります。
生前に遺留分を放棄しておけば遺留分を請求されることがないため、不要なトラブルに巻き込まれることはありません。
生前に遺留分の放棄さえしてもらえば、遺言のとおり遺産を受け取るだけで問題ないので、安心して相続することができます。
2−3 遺留分の請求権のある相続人にとってのメリット
メリット① 相続トラブルを事前に回避できる
「遺留分を放棄する」というと、本来自身が持っている権利を手放すような気がして気がひけるかもしれません。
確かにそのとおりではありますが、その分、相続争いに巻き込まれずに済みます。
遺留分の権利を行使して請求すれば、遺産の一部を取得することはできますが、その際に相続争いに発展してしまうと長期化してしまう可能性は否めません。
相続争いは、泥沼化するとかなりの労力と時間を使うことになります。
相続トラブルを事前に回避することとともに、遺言を作成した人の意思を尊重することを含め、あらかじめ遺留分を放棄しておくことも検討しましょう。
3章 遺留分放棄を生前に行うデメリット
生前の遺留分放棄には、以下の2つのデメリットがあります。
- 裁判所の許可が必要になる
- あとから撤回することは難しい
それぞれ詳しく見ていきましょう。
3−1 裁判所の許可が必要になる
相続開始後の遺留分放棄の場合、遺留分の権利を有する人が、遺産を取得する人に対して「遺留分は請求しません」と意思表示をするだけで済みます。
一方で、生前の遺留分放棄の場合、家庭裁判所へ申し立てをして「遺留分放棄の許可」を受ける必要があります。
生前の場合、被相続人や遺産を取得する予定の人が、遺留分の権利を有する人に無理やり放棄を迫る可能性があるからです。
家庭裁判所への申請が必要な分、手間と時間がかかることとなるのはデメリットの一つでしょう。
3−2 あとから撤回することは難しい
一度、家庭裁判所で遺留分の放棄が認められると、撤回することは不可能ではありませんが、ハードルは非常に高くなります。
というのも、撤回についても、家庭裁判所へ申立てを行い、認めてもらう必要があるからです。
裁判所が撤回を認める基準は「放棄を認めた事情に変更があったかどうか」ですが、裁判所は撤回について消極的です。
遺留分放棄の撤回が認められる主な事情は以下のとおりです。
- 錯誤・・・言い間違いや書き間違いなど、重大な勘違いのこと
- 強迫・・・無理やり遺留分放棄を強要されたこと
- 詐欺・・・騙されて遺留分放棄をさせられたこと
上記以外の場合、認められるのは難しいでしょう。
そのため、遺留分放棄をする場合には、撤回できないと覚悟しておくべきでしょう。
4章 遺留分放棄を生前に行う方法
生前に遺留分放棄をする場合、家庭裁判所の許可が必要です。被相続人の住所を管轄する家庭裁判所に申し立てましょう。
もし、ご自身で書類作成や手続きが難しい場合には、司法書士への依頼を検討も検討しましょう。
4−1 申し立てに必要なもの
申し立てに必要な書類は以下のとおりです。
【遺留分放棄の申立て必要書類】
- 申立書(ダウンロードはこちら:裁判所HP)
- 土地財産目録、建物財産目録、現金・預貯金・株式等財産目録
- 収入印紙800円分(申立書に貼る)
- 連絡用の郵便切手(具体的な金額は各家庭裁判所ごとに異なる)
- 被相続人の戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)
- 申立人の戸籍全部事項証明書
- その他裁判所から指示されたもの
申立書や財産目録を作成するためには、財産・相続人の調査が必要です。登記や戸籍、財産に関する資料を収集しましょう。
4−2 申し立ての手順
上記の必要書類が集まったら、必要書類を家庭裁判所に持参し、提出します。
その後は、以下のような流れで進みます。
【遺留分放棄の申立て流れ】
- 申立ての受理
→家庭裁判所に必要書類を提出し、書類に問題がなければ裁判所が申し立てを受理します。 - 審問の期日が通知される
→申し立てをしたら後日、裁判所から審問の期日が通知されます。 - 期日に家裁に行って審問を受ける
→審問の期日になったら、家庭裁判所に行き、審問を受けます。審問は、面談やヒアリングのようなもので、誰かに強要されていないかを直接確認されます。 - 許可がおりて通知される
→審問が終わり、特に問題がなく、裁判所から許可が下りれば、許可が下りた旨の通知がされます。 - 証明書を発行してもらう
→許可が下りたら、遺留分放棄の許可が下りた証明書をもらいます。
4−3 裁判所の判断基準
裁判所が放棄を認めるか、認めないかの判断基準は以下の3つです。
- 本人の自由な意思に基づいているか
- 放棄の理由に合理性・必要性があるか
- 同等の代償があるか
それぞれ、詳しく見ていきましょう。
①本人の自由な意思に基づいているか
遺留分の放棄が、誰かに強要されたものではなく、本人の自由意志によるものかを確認します。
②放棄の理由に合理性・必要性があるか
好き嫌いなど私情によるものではなく、遺留分を放棄することが合理的かつ必要的であるかを確認します。
③同等の代償があるか
遺留分を放棄する代わりに、贈与を受けていたかなどを確認します。過去に贈与があった場合には、この条件のために改めて贈与する必要はありません。申立後に受け取るよりも、申立時にすでに受け取っている方が認められやすい傾向にあります。
【認められた事例】
- 相続トラブルを避けるため、婚外子にあらかじめ贈与して、遺留分を放棄してもらった
- 親の面倒をみるために同居している子供に相続させるため、その子以外が遺留分を放棄した
【認められなかった事例】
- 子供の結婚に反対した両親が、子供に遺留分放棄申立書に署名捺印をさせた
5章 遺留分の放棄をしてもらう前に遺言書は必ず遺しておこう
家庭裁判所に許可をもらってまで遺留分の放棄をしてもらっても、遺言書がなければすべてが無駄になってしまいます。
遺言がない場合、法律に基づいて相続するか、遺産分割協議に基づいて相続するかのどちらかです。
遺留分を放棄してもらった時点で「長男にすべての遺産を相続するつもりだから」と話し合っていたとしても、遺言書がなければ、他の相続人が相続権を主張して、実現ができなくなってしまいます。
そのため、遺留分の放棄をしてもらう前に、まずは遺言書を作成しておきましょう。
6章 相続人に遺留分放棄に応じてもらえない時の5つの対処法
すんなりと相続人が遺留分放棄に応じてくれればいいですが、応じてくれないケースや、遺留分放棄についてなかなか切り出せないようなケースも少なくありません。また、遺留分の放棄を強要することは当然できません。
もし、遺留分放棄に応じてもらえないような場合には、遺留分を請求されたときのために以下のような対処をしておきましょう。
【遺留分放棄に応じてもらえない場合の5つの対処法】
- 遺言書の付言事項を利用する
- 生命保険を活用する
- 資金を準備しておく
- 遺産総額を減らして遺留分を減額する
- 養子縁組をして相続人を増やす
それぞれ詳しく見ていきましょう。
6−1 遺言書の付言事項を利用する
遺言書には、「付言事項」という、「なお書き」のようなものを記載することができます。
遺言の本文には、「財産の分け方」や「相続先の指定」など、相続に関わることを書かなければいけませんが、付言事項は自由な内容を記載することができます。
例えば「長男には○○の事情があって、すべての遺産を相続させることになりますが、次男は遺留分を請求しないようにしてください。」といった内容を書いておくのが良いでしょう。
それを読んだご家族が、亡くなった方の気持ちを汲み取り、遺留分の請求を思いとどまってくれる可能性が高まります。
ただし、付言事項には強制力はありません。必ずしも、それを守ってくれるとは限らないということは留意しておきましょう。
【例文】
「長男に不動産を残したのは、同居していた家に今後もそのまま住まわせてやりたいとの想いからです。また、古い考えと言われるかも知れませんが、長男がお墓を継いでくれることも理由の一つです。どうか私が亡くなった後に、遺産相続の件でトラブルなどを起こさないでください。あの世から見守り、家族みんなが仲良く過ごしてほしいと願っています。」
6−2 生命保険を活用する
生命保険金は、相続財産ではないため、遺留分の対象にはなりません。
遺留分を請求される可能性がある人を、生命保険金の受取人にしておけば、万が一遺留分を請求されたときにも、生命保険金から遺留分相当額を支払うことができます。
6−3 資金を準備しておく
生命保険が活用できない場合には、請求される可能性のある方が自身で資金を用意しておきましょう。
相続する予定の財産から、遺留分をシミュレーションして、資金を確保しておくことをおすすめします。
6−4 遺産総額を減らして遺留分を減額する
遺留分は、遺産総額の○分の○と計算します。
つまり、遺産総額をが大きければ大きいほど遺留分が高額となり逆を返せば、遺産総額を減らしておけば遺留分を減額することができます。
遺産総額を減額する方法は、主に以下の3つです。
- 生前贈与をする
- 生命保険を利用する
- 不動産を購入する
それぞれ詳しく見ていきましょう。
①生前贈与をする
生前贈与をしておけば、当然、相続する遺産は減額します。
ただし、相続人への生前贈与の場合、死亡前10年間のものは遺留分侵害の対象となるので、注意が必要です。
生前贈与をするなら、なるべく早期にするようにしましょう。
②生命保険を利用する
前述したとおり、生命保険金は相続財産に含まれないため、遺留分の対象とはなりません。
保有している財産を生命保険にかけておけば、遺産を減らすことが可能になります。
なお、財産額に不相応な保険契約にする場合など、遺留分を侵害する目的でされたと認定されることもあるので、専門家へ相談したうえで進めるのが良いでしょう。
③不動産を購入する
不動産は、相続における評価額が購入額よりも下がることがほとんどです。
もし、3,000万円の不動産を購入していても、相続開始時の評価は1,500万円程度に下がっていることもあります。
現金のまま保有しておくのではなく、不動産を購入して遺産相続を減額するのも一つの手段です。
また、「債務(借金)」は遺産から差し引くことができるので、銀行融資を受けて、土地に建物を建築するのも一つの方法です。
6−5 養子縁組をして相続人を増やす
お孫さんや息子のお嫁さんなどを養子縁組をすることで、相続人ごとの遺留分の割合を減額するのも一つの手段です。
子供の遺留分は、子供たちで平等に分けられるため、養子を迎え入れれば、それぞれの遺留分を減らすことができるのです。
具体的には、以下のとおりです。
養子縁組を活用しない場合 | 養子縁組を活用した場合 | |
相続財産 | 6,000万円 | 6,000万円 |
相続人 | 2名 | 3名 |
各遺留分 | 4分の1 | 6分の1 |
一人あたりの遺留分 | 1,500万円 | 1,000万円 |
ただし、単に遺留分を減額するためだけに養子縁組することは無効となる可能性が高いため注意しましょう。
7章 生前の遺留分対策ならグリーン司法書士法人にご相談ください!
遺留分放棄の手続きに不安がある場合には、グリーン司法書士法人にご相談ください。
遺言書の作成から遺留分の放棄の申立て、必要な財産調査などのご依頼を承ることもできます。
また、遺留分放棄に応じてもらえないような場合には、相続開始後に遺留分でトラブルにならないよう対策をご提案させていただきます。
初回相談は無料です。また、オンラインでのご相談も受け付けておりますので、お気軽にご相談ください。
よくあるご質問
遺留分は生前に放棄できる?
遺留分の放棄は「相続後」にするものだと思われがちですが、実は「生前」にもできます。
生前に遺留分放棄をしてもらっておけば、相続開始後に遺留分を請求される恐れはないので安心です。生前に相続放棄することはできる?
遺留分放棄と違って、生前に相続放棄することはできません。
相続放棄したいのであれば、自分が相続人になってから3ヶ月以内に相続放棄の申立てを行いましょう。